【随筆】−「マルドゥーク」                    浪   宏 友


 古代メソポタミアの都市国家のなかでも有名な都市はバビロンだと思います。バビロンを中心としたバビロニアに伝えられる天地創造の神話があります。
 天にも地にもまだ名前がつけられていなかったころ、三柱の神がいました。男神アプスー(真水)、男神ムンム(霧のすがたをした生命力)、女神ティアマト(塩水)です。
 男神アプスー(真水)と、女神ティアマト(塩水)が混ざり合って神々が生まれました。
 男神ラフムと女神ラハムが生まれ、この二柱の神からアンシャルとキシャルが生まれました。この二柱の神から天神アヌが生まれました。この天神アヌから知恵に優れたエア神が生まれました。このエア神は、このあと、重要なはたらきをします。
 神々が増えてくると、若い神々が大騒ぎを始めました。女神ティアマトは不愉快に思いましたが、自分の子供たちですから我慢しました。ところが男神アプスーは我慢できません。男神ムンムも同じ気持ちでした。二人は相談を始めました。
 これを知った若い神々は、大変なことになったと慌てふためきました。しかし、知恵に優れたエア神は落ち着いていました。
 エア神は、呪文を唱えて男神アプスーを眠らせ、冠と輝く衣服を取り上げてから、殺してしまいました。若い神々は、これで事なきを得たわけです。
 古代の神話は、単なるお話ではないといいます。神話に見られる複雑ないきさつには、当時の都市国家間の確執の歴史が隠されているのだそうです。そういわれてみれば、この物語にも、そんな影がちらついているように感じられます。
 エア神と妻のダムキナ女神の間に、男神マルドゥークが生まれました。マルドゥーク神は、たくましい体を持ち、眼は四つ、耳も四つあり、口を動かすと火が燃えるという威力のある神でした。
 一方、ティアマト女神は、夫のアブスー神を殺したエア神に戦いを挑もうと、いろいろな怪物を作りました。そして、息子のキング神を司令官として、闘いの準備を進めました。
 これを知ったエア神が、祖父のアンシャル神に相談しますと、エア神の息子のマルドゥーク神なら、ティアマト女神の軍勢に立ち向かうことができると言います。こうして、マルドゥーク神が呼び出されました。
 マルドゥーク神は喜びながら、曾祖父のアンシャル神と父のエア神に言いました。「私が、ティアマト女神を倒したら、私を神々の最高の位置につけてください」
 曽祖父アンシャル神は、神々を集めて会議を開き、マルドゥーク神に天命を授けて、神々の支配者になることを認めさせました。
 マルドゥーク神の軍勢と、ティアマト女神の軍勢は、戦闘に入りました。
 何頭もの怪物を従えたティアマト女神は、マルドゥーク神を呑み込もうと、大きな口を一杯に広げました。ティアマト女神は、竜のすがたをしていますから、巨大な竜が、マルドゥーク神を呑み込もうとしたわけです。
 マルドゥーク神は、迫ってくるティアマト女神の大きな口に向けて、荒れ狂う風を吹き込みました。風はティアマト女神の腹中に入り腹を大きく膨らませました。そこへマルドゥーク神が、矢を打ち込みますと、腹が破れてティアマト女神は響きをたてて倒れました。
 こうしてマルドゥーク神は、約束通り、神々を支配する最高の神となりました。
 このあと、マルドゥーク神は、天と地をつくり、人間をつくり、地上に神殿をつくってその地を「神の門」すなわち「バビロン」と名付けたと神話にあります。
 それまで、バビロンの都市神にすぎなかったマルドゥーク神がバビロニア全域を支配する神になったのです。これは、バビロン第一王朝が確立したことを、神話の形で語っているとも言われています。(浪)