【随筆】−「ネルガルとエレシュキガル」           浪   宏 友


 天上の神々は、しばしば宴会を催しました。地下界の女王エレシュキガルにも、参加する資格がありましたが、おいそれと天上に上るわけにはいきません。そこで、天上で宴会が開かれるたびに、地下界にもご馳走が届けられることになっていました。
 この日も、天界で宴会が催されましたが、あいにくこの日は、定めがあって、天界の者が地下界にご馳走を運ぶことができません。天神アヌは、カカを使いに出しました。カカは、エレシュキガルの前に立つと、恭しく挨拶してから申し上げました。
 「あなたさまの父神アヌさまの使いで参りました。定めにより、ご馳走をお届けすることができませんので、どなたか取りによこしてくださいませ」
 エレシュキガルは、ナムタルを呼び、カカとともに天界に行って、ご馳走を受け取ってくるように申し付けました。
 使者ナムタルは、カカとともに天界に行き、神々に挨拶してから、山のようなご馳走を受け取って地下界に持ち帰りました。
 ナムタルが報告のために、地下界の女王エレシュキガルのもとに出ると、エレシュキガルは天界の神々のようすを聞き、そして問いました。
 「私の使者であるおまえに、敬意を示さなかった神はいなかったか」
 ナムタルは、そのような神はいらっしゃらなかったと思いますがと、ちょっと考えましたが、そういえば、ネルガルさまのお姿がありませんでしたと申し上げました。
 戦いの神ネルガルは豪放磊落な性格で、その日は早くから酔いしれ、ネルガルが訪れたときは、奥でいびきをかいていたのです。エレシュキガルは激しく怒り、ネルガルを連れてこい、懲らしめてやると申し付けました。
 使者ナムタルが探していると知らされた戦いの神ネルガルは、慌てふためいて父である知恵の神エアを訪ねました。
 エア神は、ネルガルに、おまえは地下界に行かなければならないが、私の言う通りにすれば帰ってこられると言って、こまごまと注意を与えました。
 エレシュキガルの使者ナムタルに案内されて、戦いの神ネルガルは、地下界へ行きました。エア神に言われていたので、剣は携えませんでした。
 地下界に入ったネルガルは、地下界の女王エレシュキガルの前に立たされました。このとき、どういうわけか、エレシュキガルの胸が騒ぎました。
 それでもエレシュキガルは威厳を保ちながら、ネルガルに椅子を勧めましたが、エア神に言われていたので、ネルガルは座りませんでした。パンが運ばれてきましたが食べませんでした。よく調理のできた大きな肉が運ばれてきましたがこれも食べませんでした。香りの高い酒がグラスになみなみと運ばれてきました。危うく手を出すところでしたが、押しとどまりました。足を洗う水が運ばれてきましたが、洗いませんでした。
 エレシュキガルは考えて、湯あみのために、ゆっくりと衣服を脱ぎ始めました。その姿はネルガルのところからまる見えでした。この誘惑には耐えきれず、ネルガルは走り寄ってエレシュキガルを抱きしめてしまいました。二人は、七日七晩、ともに過ごしました。
 翌朝、ネルガルは地下界を出て、天界へ戻って行きました。
 エレシュキガルは使者のナムタルに言いました。天界の神々に言いなさい。ネルガルを地下界へ戻さなければ私は死者たちをよみがえらせ、生者たちを食べさせ、死者たちを生者たちよりも多くしてしまう、と。
 使者ナムタルからこれを聞いたネルガルは、地下界へ戻り、地下界の女王エレシュキガルの夫となり地下界の王となりました。(浪)