【随筆】−「鷲と蛇」                     浪   宏 友


 都城キシュに、エタナ王が建てた天候神アダドの神殿がありました。その近くにユーフの木が生えていました。ユーフの木の根元には、蛇が巣をつくり、梢には鷲が巣を作っていました。それぞれの巣には、それぞれの卵がありました。
 蛇と鷲は、挨拶を交わすようになり、会話をするようになり、やがて友情が芽生えました。友情は篤くなり、誰も引き離すことができないものとなりました。蛇と鷲は、太陽神シャマシュの前で、友情は永遠のものだと誓いあいました。
 やがて、鷲の卵が孵り雛が誕生しました。蛇の卵も孵り蛇の子が生まれました。
 鷲は、豹や虎を捕まえては、肉を巣に運びました。蛇は、野牛や羚羊を襲っては、巣まで引きずってきました。鷲の雛も、蛇の子も、すくすくと育ちました。
 ある日、親鷲がユーフの木の大枝で、羽を休めていました。見下ろすと、そこには蛇の巣があり、蛇の子たちが丸まると育っていました。親鷲は思わずつぶやきました。
 「うまそうだな」
 これを聞いた鷲の子がたしなめました。
 「それはいけません。蛇との誓いがあるではありませんか。太陽神シャマシュは、誓いを破った者をそのままではおきませんよ」
 その言葉は、親鷲には半分も届いていませんでした。欲望に耐えきれず、木の根元に舞い降りると、まるまると太った蛇の子を、一匹残らず食べてしまいました。
 食べ終わった親鷲は、鷲の子たちをつれて、巣を離れていきました。
 晩になって、親蛇が、羚羊を引きずって帰ってきました。ところが、巣の中に蛇の子がいません。あたりを探し回りましたが、見当たりません。鷲に空から探してもらおうと思って呼びましたが、返事がありません。見上げれば、鷲の巣は空っぽです。よく見れば、蛇の巣に鷲の羽が散らばっています。親蛇はようやく事態を悟りました。怒りに満ちて梢を見上げましたが、鷲の親子が何処へ行ったか、見当もつきません。
 悲しみに打ちひしがれた蛇は、怒りに震えて鎌首をもたげ、太陽神シャマシュのもとに駆け付けました。
 「太陽神シャマシュよ、わたしは鷲と友情を誓い、守ってきました。それなのに、鷲は、誓いを破って私の子を食べてしまいました。シャマシュよ、こんなことが許されてよいものでしょうか」
 蛇の訴えを黙って聞いていた太陽神シャマシュは、蛇に言いました。
 「蛇よ、この野を進み、あの山を越えて行け。そこでおまえは、死んだ野牛を見つけるだろう。その腹を食い破り、そこに入って身をかくすのだ。  そのうち、天の鳥たちが、野牛を見つけ、肉を狙って舞い降りてくるだろう。おまえを裏切った鷲も、降りてくるに違いない。おまえは鷲を捕らえて、その翼をむしり、深い穴に放り込みなさい」
 蛇は、大急ぎで広い野原を横切りました。高く険しい山を登りました。山を越えると見晴らしのいい平らなところがあり、そこに大きな牛が横たわっていました。蛇が近づくと、牛はすでに死んでいました。蛇はその腹を食い破りそこに入って待ちました。
 空から、一羽、二羽と、鳥が降りてきました。牛に乗って、鋭いくちばしで腹を突きます。鳥はどんどん増えて、牛が隠れるほどになりました。蛇は、突き刺さる鳥たちのくちばしを避けながら、待ちました。
 鳥たちが、突然、牛から離れました。代わりにずしりと重い鳥が乗りました。あの鷲でした。蛇は牛の腹から飛び出し、鷲に絡みつきました。驚き謝る鷲にかまわず翼をむしりました。そして、深い穴に放り込みました。穴の底でもがく鷲を見届けると、蛇は、そのまま去っていきました。(浪)