【随筆】−「縛られ地蔵」                 浪   宏 友


 江戸南町奉行大岡越前による、いわゆる大岡裁きの特徴のひとつは、機知に溢れていることだと言われています。そのひとつとして、縛られ地蔵の話が有名です。
 弥五郎は、室町の越後屋八郎右衛門の店に出入りしている荷担ぎでした。
 ある暑い日、弥五郎は松戸から室町の越後屋まで、白木綿を担いで運んでいました。暑いさなか、汗びっしょりになりながら本所のあたりに差し掛かりました。見ると、木陰にお地蔵さんが立っています。弥五郎は、お地蔵さん、ちょっと休ませていただきますよと荷をおろし横になりました。
 弥五郎は、ふと、目を覚ましました。見ると、日が傾いています。しまった、寝過ごしたとあわてて飛び起き、荷を担ごうとして、驚きました。荷が、無いのです。弥五郎は、真っ青になりました。途方に暮れながら、荷主の越後屋に行き、事情を話しました。しかし、信じてもらえません。それどころか、弁償しろと怒鳴られました。
 もう駄目だ。弥五郎は、その足で友だちを訪ね、わけを話しますと、友だちは、大岡さまにおすがりしてみろといいながら、弥五郎を南町奉行所に引っ張っていきました。
 友だちに励まされながら、弥五郎がお役人に話しをしますと、大岡さまが来てくださいました。大岡さまが優しくお声をかけてくださいますと、弥五郎は、力が抜けたようになって、泣きじゃくりました。
 弥五郎の話を聞き終わった大岡さまは、与力を呼びました。
 与力は、同心、小者を揃えた大捕物の支度で、弥五郎に案内させて、お地蔵さまに向かいました。お地蔵さまに着くと、お地蔵さまを取り囲み、御用だ、御用だと呼ばわり、お地蔵さまに縄を掛けました。荷車に縛り付けると、南町奉行所に向かいました。何が起きるのだろうと、人々が大勢ついてきました。
 荷車は、奉行所に着くと、真っすぐに白州に入りました。人々も一緒に入ってきました。お地蔵さんは、白州の真ん中に立たされました。越前の尋問が始まりましたが、何を聞いても、お地蔵さんは、黙っています。これを見ていた人々は大笑いしました。
 すると、越前が、一喝しました。お前たちは、許しも得ずにここに入り、その上、奉行の吟味を笑うとは、何事だ。
 この言葉に、人々は、びっくりしました。
 越前は、この罪、軽からず、全員に過料を科す。白木綿一反に、自分の名を書いた荷札をつけて、明日の午の刻までに持って参れと言い渡しました。
 一人一人、名前と住所、その地区の町役人の名を言わせて書き取り、帰しました。
 翌日、奉行所の門が開くと、昨日の人々が町役人に付き添われ、白木綿を持って入ってきました。白木綿についている荷札の名前と、昨日控えた名前を照合して、白木綿を受け取り、白州に入れました。こうして、全員が白州に入り、下を向いたまま、黙っています。
 しばらくあって、大岡越前が現れました。
 皆の者、ご苦労であると、声を掛け、与力に合図します。与力は、これから呼ばれる者は、前に出よと、二人の名前を読み上げました。呼ばれた二人が立ち上がり、前に出ました。これを見届けると、余の者は帰ってよい、帰りがけに名を言って、白木綿を受け取るがよいと告げました。
 越前は、残した二人に、二人が持参した白木綿を示し、この白木綿は、どこで手に入れたかと問います。実は、奉行所の別室で、弥五郎と越後屋の番頭が、差し出された白木綿の中から、盗まれたものを見つけていたのです。二人は、観念して、盗んだことを白状しました。
 越後屋は、弥五郎を許し、今まで通りに荷担ぎをやらせました。
 お地蔵さまは、今度は、丁重に送られて、元の場所に戻されました。(浪)