【随筆】−「イシスの献身」                  浪   宏 友


   お人好しのオシリスは、ずるがしこいセトの企みに乗せられて頑丈な箱に閉じ込められ、ナイル川に流されてしまいました。
 オシリスが閉じ込められた箱は地中海の波に運ばれ、ビブロスの浜のヒースの茂みに打ち上げられました。ヒースの若木がこの箱を包み込み、やがて見えなくなりました。ビブロスの王は、あまりにも大きなヒースに驚き、その幹を切って王宮の柱にしました。
 オシリスの妻イシスは、ナイルから地中海に流れ出た箱を追って尋ね歩き、オシリスの気配をたどって、ビブロスまで来ました。
 イシスは、夫の入った箱が、宮殿にあるらしいと気づきましたが、確かめるには王宮に入らなければなりません。
 イシスは王宮近くの野原にたたずみました。この姿を、王妃の侍女たちがみとめて近づいてきました。イシスは彼女たちに優しく挨拶し、打ち解けて髪を編んであげたり、自分のかぐわしい香りを移してあげたりしました。
 王妃は、この見知らぬ夫人に心ひかれ、王宮に入れてわが子の乳母にしました。イシスは、幼い王子をあやしながら王宮を歩きまわり、箱を包んだ柱を見つけました。
 イシスは、王と王妃の前に本来の姿を現し、私はイシスである、この柱を私に捧げよと厳かに命じると、柱を引き抜き、これを割って箱を取り出しました。イシスは、柱に香油をふりかけて王と王妃に授け、自分は箱と共にエジプトに戻り、オクシリンコスの野に降り立ちました。
 ようやく箱を開けたイシスは、声もなく横たわる夫を見て悲しみがこみ上げ、身を震わせて泣きました。そして、必ず生き返らせますと話しかけるのでした。
 たまたま、この野でセトが狩りをしていました。セトは、オシリスに取りすがるイシスを見つけました。セトに、恐怖と怒りがこみ上げてきました。イシスが水を求めて箱から離れました。この隙に、セトは箱に駆け寄り、オシリスの体を引き出して14に切り裂き、エジプト中にばら撒いてしまったのです。
 戻ってきたイシスは、空になった箱に驚き、逃げるセトの後ろ姿を見ました。イシスは、天地が避けるほどの叫び声を上げてセトを呪いました。
 イシスは、オシリスの体を探し始めました。オシリスの体の一つを見つけると、そこに立派な墓を建て、人々に、オシリスを崇めるように言い置きました。また、体の他の一部を見つけると、そこにも立派な墓を建てて、人々に、オシリスを崇めるように命じました。こうして、エジプトのあちこちに、オシリスの墓が13基立ちましたが、14基目は立ちませんでした。オシリスの陰茎だけが、魚に呑み込まれてしまったからでした。
 イシスは、オシリスの体を元通りに繋ぎ合わせ始めました。そこへ、冥界の神アヌビスが駆けつけてきました。
 イシスの妹ネフティスは、姉にそっくりでした。あるとき、オシリスが妻のイシスと間違えてネフティスと懇ろになり、子をなしました。ネフティスは姉の悋気を恐れて子を捨ててしまいました。これを知ったイシスが、野犬たちに守られていた子を拾って育てました。それが冥界の神アヌビスでした。
 アヌビスは、バラバラになっていたオシリスの体を、麻布で巻きながらつなぎ止めました。オシリスの体は、一か所を除いて、もとどおりになりました。  イシスは、オシリスに蘇生の呪文をかけました。しかし、オシリスは蘇生しません。どうすればいいかわからなくなったイシスのもとに、知恵の神トトが駆けつけて、太陽神ラーの真(まこと)の名を用いて呪文をかければ蘇生すると教えました。
 イシスが苦労を重ねて、ラーの真の名を聞き出す話は、別に記します。
 こうして、オシリスは蘇生し、イシスは喜びに溢れるのでした。(浪)