【随筆】−「二人兄弟の物語」                     浪   宏 友


    むかし、エジプトのある地方に、二人の兄弟がいました。兄はアンプー、弟はバーターといいました。弟は、兄夫婦と一緒に暮らしていました。
 朝になると、弟は、牛を連れて畑に行きました。牛たちが、いい草があるところに行きたがります。バーターは、牛たちの行きたいところに行かせ、自分は畑仕事をしました。兄のアンプーは、忙しい時期には畑に出ましたが、それ以外は、弟のバーターが一人でやっていました。
 バーターは、畑仕事を終えると、牛とともに帰ってきました。兄夫婦と夕食を共にしたバーターは、お腹を満たすと、牛小屋に行き、大好きな牛たちの中で眠りました。
 ナイル川の水が引き、畑が顔を出します。この時ばかりは、兄も畑に出てきます。二人は畑を耕しては、種子を蒔きました。
 家から担いできた種子を全部蒔き終わりましたが畑はまだまだ広がっています。バーターは、種子を取りに、家に向かいました。
 家では、兄嫁が髪をくしけずっていました。バーターが兄嫁に、種子を取りに来ましたと言って倉に入り、種子の袋を山のように担いで出てきました。袋を五つも担いで出てきたバーターの盛り上がった筋肉を見て、兄嫁は立ち上がり、バーターをつかまえて言いました。いらっしゃい。こっちで、私と一緒に休みましょう。バーターは、驚いて兄嫁を睨みつけ、手を振り切ると、畑へと急ぎました。
 兄嫁は、思いました。バーターはこのことを、夫のアンプーに言いつけるに違いない、そうしたら、大変なことになる。
 太陽が傾きはじめました。兄のアンプーは弟のバーターに言いました。俺は先に帰る。お前は片づけをして、後から来い。
 バーターは、分かりましたと答え、農具などを片付け、牛たちを呼んで、家に向かいました。
 アンプーが家に帰りますと、いつも出迎えてくれる妻が出てきません。家に入ると、灯りもついていない中、妻は、奥で、横になっています。
 あなた、お帰りなさいと振り返った妻を見て、アンプーは驚きました。顔が腫れているのです。どうしたんだと聞きますと、妻は泣きながら訴えます。
 弟のバーターが、種子を取りに来た時に、私をつかまえて言うことを聞けと言うのです。私が抵抗して断りましたら、私をぶつのです。 これを聞いたアンプーは、烈火のごとく怒りました。家にあった槍を持ち出すと、牛小屋の扉の後ろに立ちました。
 弟のバーターが、荷物を抱えて帰ってきました。バーターよりも先に牛小屋に入った牝牛がバーターに知らせました。気を付けて、あんたの兄さんが、槍を持って扉の外に立っているよ。バーターが見ますと、扉の下の隙間からアンプーの足と槍の石突が見えました。バーターは、すぐに悟りました。兄嫁が、告げ口したんだ、と。バーターは、荷物をそこに置くと、走って逃げだしました。兄が、槍を持って追ってきました。
 これを見た神ラー・ホルアクティは、騙された兄に罪のない弟を殺させてはならないと考えて、兄と弟の間に広い水を置き、中をワニでいっぱいにしました。
 弟は兄に向かって言いました。私は、兄さんに追われるようなことは何一つしていません。姉さんは、あなたに、本当のこととは正反対のことを言ったのです。私は、二度と兄さんの所には戻りません。
 言い終わると、弟のバーターは、立ち去ってしまいました。
 兄のアンプーが家に帰りますと、妻が、弟を殺してくれましたかと尋ねます。見ると、妻は、いつもの傷一つない顔に戻っていました。アンプーは、妻に騙されたことをはっきりと悟り、その場で妻を激しくののしり、否応なく追い出してしまいました。 (浪)