【随筆】−「シヌへの物語」                     浪   宏 友


   私はシヌヘと申します。エジプトを治めるファラオであるアメンエムハト王の従者です。そのころ、私は、ファラオの娘であるネフェルさまの宮殿に仕えておりました。
 ファラオの王子であるセンウセレトさまがリビアで軍を指揮しておられる留守に、ファラオが暗殺されました。
 父王に代わってファラオとなられたセンウセレトさまが急ぎ帰国され、暗殺の糾明を始められました。このとき、私は恐怖を覚え、宮殿から抜け出したのです。私は、エジプトを脱出して、北へ向かいました。夜通し歩いた私は、あるところでのどの渇きに襲われ、このまま死ぬかと思いました。それでも気を取り直して歩き始めますと、以前にエジプトで出会った族長に出会い、助けてもらうことができました。それから、国から国へとさまよい歩いた私は、ようやく、内陸のある地に落ち着きました。
 そこで一年半を過ごしたころ、シリアの支配者アンミ・エンシーに呼び出されました。エジプトのファラオに仕えていた私に、興味を持ったのでありましょう。
 私は、先のファラオが暗殺されたときに、疑いを持たれるのを恐れて脱出してきたことを話しました。
 アンミ・エンシーから、エジプトはこれからどうなるのかと問われましたので、父王から引き継いだ現在のファラオは、英明であり、戦にも強いから、立派にやっていくと思いますと答えました。
 アンミ・エンシーは、これからエジプトと付き合うにはどうしたらいいかと問いますので、あなたの名前で、ファラオに礼を尽くしなさい。そうすれば、友好を結んでくれるでしょうと教えてあげました。
 この答えに喜んだアンミ・エンシーは、私を、彼の長女と結婚させてくれました。私はアンミ・エンシーからもらった土地を治め、子供たちを生み、強い男へと育てました。
 アンミ・エンシーに支配されることを否み、敵意をいだき、従おうとしない者たちが現われたとき、私は軍を率いてこれらの者たちを攻撃し、追い払いました。
 こうして、アンミ・エンシーの信頼を深めていく私に、シリアの英雄レテヌーが強い妬みを覚え、私に闘いを挑んできました。彼の目的は、私を打ち殺し、私の全財産を奪い取ることでした。
 アンミ・エンシーは、心配して、私に考えを聞きに来ましたので、私は、彼が闘いたいと思うのなら、私は受けて立ちますと答えました。
 明け方から、レテヌーの軍勢が攻め入っていました。私に味方する人々が、これに立ち向かいました。激しい戦闘の中で私を見つけたレテヌーは、私に向かってきました。私は弓に矢をつがえて射放ちました。矢は、レテヌーの首筋をつらぬきました。こののち、この国で、私に敵対する者はいませんでした。
 私も歳を取りました。あの日、恐怖から逃亡した私は、この国で安らかな日々を送っています。私の子供たちは、みんな立派になりました。不足を感じるとは何もありませんが、ただ一つ、私が命を終えたとき、私の遺骸はこの国のしきたりで埋葬されることでしょう。しかし、私は、エジプトの地で、太陽神ラーのもとへ旅立ちたいのです。
 ある日、エジプトのファラオから、帰国せよとの勅命が私に届きました。エジプトに戻り、ファラオの家臣として、その役割を果たせという内容でした。
 私は夢かと喜び、アンミ・エンシーの許しを得て、私の全財産を長男に任せ、エジプトに戻りました。
 ファラオは、喜んで私を迎えてくださり、家臣として、新たな役割をくださいました。私のピラミッドも作ってくださいました。
 私、シヌヘは、西の国へ招かれるまで、ファラオに尽くしたいと思います。(浪)