【随筆】−「ロドビスの物語」                     浪   宏 友


   昔、ギリシャの北方の町に、ロドビスという少女がいました。ロドビスとは、薔薇のように美しいという意味です。その名の通り、ロドビスは、みんなに好かれる美しい少女でした。
 ある日、ロドビスの住む町が海賊に襲われました。家々では、財産が略奪され、手向かう男たちは容赦なく殺されました。町に住む少女たちは捕まえられて、海賊船に乗せられました。その中にロドビスもいました。
 海賊は、エーゲ海に浮かぶサモス島に船をつけ、娘たちを降ろし、金持ちたちに奴隷として売り飛ばしました。
 このとき、イアドモンという富豪が、ロドビスを気に入り、高値で買って屋敷に連れ帰りました。この日から、ロドビスは、イアドモンの屋敷で、働くことととなりました。
 ロドビスは、美しいうえに、かげ日なたなく誠実に働きました。そんなロドビスをすっかり気に入ったイアドモンは、旅に出る時は、必ず、ロドビスをお供に加えました。
 あるとき、イアドモンは、所用でエジプトに出向きました。船の中でもロドビスの美しさは、乗船者たちの噂の種となりました。
 エジプトで、思わぬことが起きました。この土地の富豪のカラクソスが、ロドビスを見染めてしまったのです。
 カラクソスから、ロドビスを譲れと迫られたイアドモンは、頑強に断っていましたが、多額の金を積まれて、ついにロドビスを手放してしまいました。
 カラクソスに買われたロドビスは、エジプトで暮らすこととなりました。
 カラクソスは、ロドビスを奴隷の身から解放し、家を与えて大切に扱いました。それからのロドビスは、幸せな毎日を送りました。これで、めでたしめでたしとなるところでしたが、思わぬ展開が待っていました。
 ある日、水辺を歩いていたロドビスは、ちょっとしたはずみに、片足が水に落ちてしまいました。ロドビスは、濡れたサンダルを、かたわらにあった大きな石の上に乗せて、乾くのを待っていました。サンダルは、綺麗な薔薇の花飾りがついている珍しいもので、ロドビスは大切にしていました。
 気配を感じて空を見上げると、ハヤブサがまっすぐに飛んできます。ハヤブサは、石の上のサンダルの片方をさらって、飛び去りました。あっという間の出来事でした。
 大切なサンダルを失ったロドビスは、悲しくなりながら残った片方を持って家に帰りました。
 そのころ、エジプトのファラオは、メンフィスを都にしていました。この日、ファラオは、メンフィスの野原に王座を据えて、家臣たちの報告を聞いたり、命令を下したりしていました。
 そのファラオの膝に、突然、落ちてきたものがあります。見ると、薔薇の花飾りのついた女もののサンダルでした。見上げると、ハヤブサが、頭上を一巡りして飛び去りました。
 ファラオは、神官に、これはどういうことだと尋ねました。神官は、ハヤブサはホルス神の使いです。ホルス神が、このサンダルの持ち主を王妃にせよとご神託をくだされたのですと奏上しました。ファラオは、家臣たちに、サンダルの持ち主を探せと命じ、エジプト中にお布令を出して、サンダルの持ち主を探させました。
 役人たちが、ロドビスの町にやってきました。ロドビスが、残った片方を差し出しますと、まさしく同じデザインでした。
 ロドビスは、ファラオの前に連れていかれ、ファラオの前にあるサンダルを履くように命じられました。それは、ロドビスの足にぴったりと合いました。
 ロドビスが、サンダルの片方をハヤブサに持ち去られたいきさつを話しますと、ファラオは大いに喜んで、ロドビスを正妃に迎えたということです。(浪)