詩誌「詩人散歩」(平成15年春号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  暗がり                  浪 宏友

打ちひしがれた夜
お前が戻ってきた
疲れ果てた顔で
やせ細った身体で
力なく立っていた

薄暗い片隅に
二人してうずくまり
汚れた顔と顔
痩せこけた腕と腕
ささくれた心と心

快活な人の群れ
明るい町を行く
二人して取り残されて
暗がりにうずくまり
ぼんやりと揺れていた

打ちひしがれた二人
帰るところもなく
行くあてもなく
ゆるゆると 立ち上がり
ゆるゆると 闇に融けてゆく

  雪の下で                 浪 宏友

降り積む雪
雪の下の屋根
屋根の下の私
狭い暗がりに冷たく凍る

遠い日
雪にまみれて二人
歩いて 歩いて 歩いた
真っ白な世界

雪は音もたてず降る
雪は音立てて崩れる
枝の折れる音
地面に落ちる音

遠い日は雪に覆われて
深い暗がりに消える
凍てついた夢もまた
かたくなに消える

  私の藤棚                 中原章予

私の藤棚青々と繁っていた
あの葉はすっかり落ちて
今はもう枯れ枝みたい
ねぐらにしていたハトも今は居ない
なつかしいのか時々来て ポッポポッポと鳴く
夕暮れになると 三、四十羽のスズメ
チュンチュンチュンとにぎやかに
さえずりうたいまくり
夜はどこへ行って眠るのか
いつの間にか居なくなる
後には雪の様に真白にふんを残し
西の空が真赤にそまり
そして夕やみがせまる頃には
鳥達の姿もなく
静かに静かに暮れていく
空には一番星がキラキラと大きく光り
明日も晴天と教えてくれてるみたい
春になると又藤も芽をふき
花を咲かせるのか
待ち遠しい春
老いても春を待つ心何となくウキウキ
藤棚に向かいつい話しかける私

  いつかきっと               中原道代

私の心は急いでいる
はやくこの長い橋を渡り切りたい
私の中の何かがせき立てる
歩けども歩けども 終りが見えない
足は重く 歯がゆくてたまらない
振り向くことすらできずに
がむしゃらに橋の終りを求めている
何かが私の肩にそっと触れた
ふり返るとそこには誰もいない
ただ橋の上 空高く 雲雀が鳴いていた
まわりを見渡すと
はるか向こうになつかしいふるさとの山があった
橋の下にはとうとうと水が流れていた
私は 立ちつくした
静かに目を閉じ 思い切り深く息を吸ってみた
おだやかで暖かいものが胸の奥にしみ渡った
瞼の裏があつくなって涙があふれた
美しい自然が
こんなにもやさしくつつんでくれているんですね
再び私は歩き出す
橋のかなた むこうにかがやく 崇高な光りを
求めながら歩いていく
いつかきっと たどりつくその時まで

  裸電球                  丸山全友

私は裸電球が好きだ
わびしくて素朴でオレンジ色の
暖かい光を放つ裸電球を見ていると
幼い時の私の姿が浮かび出す
病気のため激痛の走る手足を押さえながら
涙の目で見た裸電球は
まばゆく線香花火のように見え
大人になれば丈夫になるぞとの
将来へのかすかな希望のようでもあった
裸電球の下で貧しくとも
家族そろって食事をした楽しい思いで
久しぶりに裸電球に触れてみる
あの暖かさは今も同じだ
電球に触れる
私の手だけが大きくなっている
        [丸山全友詩集『裸電球』より]

  はだかの心               小田嶋紀江

心の中を見透かされるようなその瞳
あなたの前では嘘はつけない
その瞳に見つめられたら
私は借りてきた猫のように
しゅんとする
心の中はドキドキしている
隠すべきものなど何もないはずなのに
あまりにも真っすぐなその視線の前で
たじろがない者がいるだろうか?
あまりにも純粋でいたいけで
苦しそうなその瞳
守ってあげたいのは私のほう
でもあなたの前で私はいつも
ドキドキ・ドキドキ
心の中を見せてあげられたらいいのだけれど

  マーブル                小田嶋紀江

夢を舌先で転がしてみた
それは綺麗なマーブル模様
甘かったり にがかったり
様々な味がする
愛もなめてみたら同じだろうか?
本当の愛の味を私はまだ知らない
見捨てられた子供のように
一人 部屋でひざを抱えている
待っても待っても誰も来ない
マーブル模様の夢をなめながら
ただひたすらに待ちつづけている

  紅葉見物                 山本恵子

栃木から紅葉見物させたいと
誘いの電話いくたびか
新島のおかえししたいとか
亡父似で心優しい方だから

折角の事だから墓参りお婆ちゃん
面会してくるかとその気になって
在京の子供に不在を伝え離島する
視野広げる社会勉強のいい機会

車窓の景色久しぶり何度きても旅はいい
夕焼け空に小鳥が四羽上下左右に飛んでいる
きっと仲良しなんだろないよいよ下車近づいた
お婆ちゃんびっくりするだろな

お婆ちゃん大変喜んでボケは全くかんじない
三年振りの墓参りまたもきたよと報告する
紅葉の綺麗だったこと皆さんとの楽しかったときを
思い浮かべ炬燵のなかで今年最後の筆をとる

  父ちゃん                 山本恵子

私は体が弱かった悪くなるのはきまって夜中
その度父はおんぶして病院へ駆け込んだ
丹前のあの温もりがいくつになっても忘れない

今日はホームシック人間て喜怒哀楽の中で生き
父ちゃんの娘でよかったとしみじみ今思い出す
幸福くれてありがとう功徳積むことおしえられ

一番尊敬できた父この世に今はいないけれど
在りし日の楽しい夕げみんなして笑っての生活
この歳でようやく父の心が少しずつ分かるように
なってきました