詩誌「詩人散歩」(平成15年冬号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  墓標                   浪 宏友

静まり返った森の奥に
たたずんでいる無数の墓標
朽ち倒れた巨木のように
転がる石のように
吹きだまりの木の葉のように

かつては同じ木々の間に
はなやぎ咲いていた色とりどりの花たち
ふざけあっていた愛らしい小動物たち
気ぜわしく歌っていた小鳥たち

やがて日が暮れ 夜が訪れ
風が吹き 雨が降り 稲妻がひかり
ようやく薄らいだ闇の向こうから
古びた太陽が顔を上げるころには
森は音を失っていた

影がゆっくりと伸び縮みする森の奥に
ただ 無数の墓標がうずくまり
ひとひらの風さえも動かない

  煙                    浪 宏友

広野原に不似合いな白い長い煙突
澄みきった晩秋の空に立ちのぼるのは
長い年月 身を縮めていた数々の思い

あの日の喜び あの日の幸せ
あの日の苦痛 あの日の失意
ひとときの安らぎ 終わりなき嗚咽

やがて 唯一の結末に辿りつき
遮るものとてない青い空間へ
真っ直ぐに立ちのぼりそのまま消える

白い煙突の足もとにうごめく影たち
見上げることもなく互いにさざめきあって
やがていずこともなく立ち去って行く

  冬 到来す                  中原章予

十日くらい前まで
あついあついと過ごしたのに
大寒気南下 宮崎へ
毎朝拝む御山霧島山
今日は頭に真白い雪化粧
何と美しいことか
お父さん御山に雪が降りましたよ
お父さんニッコリ笑って
そうかい 寒いねと
今は返ってこない声が聞こえる
今日は太陽の光さんさんと
御山雪 すぐとける
太陽さん もう少し 雪とかさないで
その美しい姿でいてほしい
でも 霧島おろしの風は
つめたくて 寒い
やっぱり冬だ 木枯らしがふき
二三日前まで感じなかった冬
やっぱり十一月ですね

  おさんぽ                 中原道代

むずかる孫の手をひいて裾花川の土手を歩く
あたりはすっかり暗くなっている
いつもの散歩道をゆっくり歩いていく
大きな照明燈のあかりが川面に揺れていた
時折り吹き抜ける風が涼しかった
「きもちいいね」と孫が言った
愛らしい顔が私を見上げている
胸がいっぱいになった
晴れ晴れした子供の心が充分伝わってきた
「きもちいいね」と答えながら
小さな手を握りしめて歩いた
帰りを急ぐ自転車と何台もすれちがった
見上げると火星が大きく光っている
「キラキラひかる おそらのほしよ」
孫の大きな歌声が静かな夜に響いていた

  酒                    山本恵子

あなたつくってくれてありがとう
氷いっぱい入れてうまいから
香りをのむ

香りも品物と金額でちがう
人はこんなもののむのかね
気分だよね

ストレスによって荒れる人もいる
気持ちのちがいでこんなによい心持
だからこれがいい

酒飲んで鼻唄歌って一人で笑う
この気分最高

悪い酒になるなら飲まないで
酒に対して申し訳ないよ
つくる人の心をくみていただく
気持ち天国ありがとう

  浜辺                   山本恵子

白い浜辺の桟橋で
つかしをしたり潜ったり
子供の頃の夢を追い
海底の砂を掴んであがるさま
  海水着を身にまとい
一寸ふくれてきた胸をきにしてブラウスはおり年頃で
人目につくのも海の中

としはとってもかわらない
自分のこころもちだけ
夏がくると海が恋しい島育ち

  秋の芯                  小田嶋紀江

透明な風が吹き渡る
誰をも寄せつけない風が吹き渡る
落ち葉はガサゴソ音をたてる
秋の芯が見え隠れする十月のカレンダー
長袖もすっかり身に付いたこの頃
ただひたすらに愛を求めたくなる秋の夕暮れ
独り身の寂しさを感じる
ワインを傾けつつ聴くアダージョ
音の中に酔いしれて高揚する気持ち
本のページをぱらぱらめくる
私の求めていた言葉はここにあるだろうか
一体、何を求めているというのだろうか
メールを送っても返事はこない
孤独を心に感じつつ、秋の夜長を過ごす
人知れず涙を流しつつ、遠い月に祈りを捧げる
明日にはきっと秋の芯が自分を癒してくれるだろうと

  心のなか                 小田嶋紀江

寂しさと憂いを含んだ秘密の心
笑顔の陰に隠れる孤独な顔
誰にも見せたことのない表情をあなたの前では見せてさしあげましょう
私はいつも泣いているのです
笑ったような顔をして泣いているのです
独り、というあまりにも過酷な生活の中で
あの人を想うときだけは、そっと心の中に優しい炎が燃え上がります
でも、本当はあの人の顔さえもう忘れかけているのです
想いだけが残ります 優しかった仕草
心が通じ合うってどんなにか素晴らしいことでしょう
毎晩、涙を流して枯渇した表情の中で私は生きているのです
夢だけを漠のように食べて生きているのです
ただそれだけの人生なのです