詩誌「詩人散歩」(平成16年春号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  雪中の鬼女                浪 宏友

深い雪の中
骨と皮ばかりの女が振り返る
尖った顎 こけた頬 耳まで避けた口
鋭く見開き 睨み付ける目

胸に掻き抱く蒼白いかたまり
骨ばかりの指が鷲掴みにしているのは
息絶え絶えの細い五体
女は 萎えた乳房の先に
蒼白い小さな口を押しつけようとしている

あれは女の笑いだったのか
汚れた歯を剥き出しにして
頬が少し緩んだかに見えた
目は疑い深く刺だって
こちらを見据えていたけれど

女の足は埋もれた雪を掻き分けながら
限りない雪原に向かっている

我が子を守ろうとする女の姿だ
ポツリ
つぶやく老人がいた

  氷雨の闇                 浪 宏友

何も出ぬ乳首を赤子にふくませて
女は泣くことにも疲れ果てていた
薄暗い都会の片隅
火の気のない古びたアパート
窓の外には氷雨の固い音がする

一年前はこの部屋で
男に激しく愛されていた
もみしだかれる熱情の底で
確かなしあわせをかみしめていた

過ぎ去った日々が雨垂れのように
途切れ途切れに浮かんでは消える
いつしか取り残された小さな部屋に
小さな命が訪れた日も

叫ぼうにも声なく
立とうにも力なく
物音もせず光もなくなった闇の底で
胸元の小さなぬくみをいとおしみながら

  ガラス戸の向こう             中原道代

ガラス戸の向こうに澄みきった青い空
居間の奥までふりそそぐ日差し

外にとび出した

冷たい! やっぱりまだ寒い
真白い山から吹き下ろす風が頬を突きさす
雀のさえずりも聞こえず
子ども達の姿もない
街中が白で覆われている
人の声は雪に埋もれ
車の音だけが遠くに聞こえる

春のかけらはまだどこにも見つからない
私の中の扉も固く閉まったまま
なかなか開きそうにない
もう少し時間が欲しい
体中に力がみなぎってくるまで
そしたらこの手で扉を開け
きっとあなたをむかえに行こう

ガラス戸が急に曇りだした
両手で拭って見ると
雪が降り出していた
しんしんと雪の上に新たな雪が降り積もっていく
静かにそっと降り積もっていく

  あの日                  山本恵子

雪が舞私の目を捕らえ
窓からみえる教会へ
白いドレスの女性が入る
結婚式かおめでとう

あんときゃドシャブリあめんなか
雨合羽ゴム長靴履きで大変な道中を
嫁いで挙式したっけ
ふと十数年前の自己をかさねあわせる

いまとなれば忘れられない日となり
友人外多数のひとびとでにぎわう披露宴
飲めや歌えで楽しく夜のふけるまで
語り明かした実家最後の夜だった

  旅                    山本恵子

長野駅も変わったね
何度来ても旅はいい
結婚式病人の看護
人生いろいろあって勉強だ

一人では生きられない世界
夢をみると母と来た長野
母は最後の旅となる
連れてきていただいてありがとう

ささやかな私の恩返し
せめて歩けるうち遠いところで
のんびりさせたいと思ってた
母はおもいのほかよろこんだ

  Snow                 小田嶋紀江

ふわっと生クリームのような雪が屋根の上 に積もっている。手のひらですくってみる。 すぐに溶けてしまう。まるで魔法のように。
夕刻、冷蔵庫と化した外を歩いてみる。 吹きつける雪が顔にあたる。何だか今日はそ れさえも気持ちがいい。存外その渦の中にい ることは不思議と暖かいものだったりする。
白い息を吐きながら、一歩一歩雪を踏みし める。雪明かりに導かれながら・・・・。
誰もまだ踏んでいない雪の上を歩くのは子 供の頃に戻ったようで面白い。何だかこの街 の征服者になったよう。王様気分で歩いてい く。頬にあたる雪の欠片たち。次々と消えて は降り続く。そして足元には確実に積もって いく。不思議な雪。この街で生まれ、この街 で育ってきたのに、この季節はいつも新鮮な 気持ちになる。心が引き締まる感じ。潔い雪 の降るこの町がまた好きになっていく。

  感謝                   小田嶋紀江

生きていく上で、たくさんの人に支えられ ている。目に見えない暖かい心をもらってい る。それさえ気づかずに暴走した若い頃が恥 ずかしい。一人一人に感謝の気持ちを伝えた い。あの人も、この人もと数え上げたらきり がないくらい・・・・。
私という人間が生まれるために何代もさか のぼると何百人もの祖先がいることに驚異を 覚える。苦しいときには何も目に入らずただ ひたすら自分の殻に閉じこもっていた。でも 、そんなときでも、たくさんの人たちは暖か く見守っていてくれたのだ。「ありがとう」
亡くなった人たち、そして今も支え続けて くれる人々。これからも色々な困難が待ち受 けているかもしれないが、それぞれの暖かい 心を思い出し、大切にしていきたい。生かさ れていることにありがとう。そして、生きて いてくれてありがとう。