詩誌「詩人散歩」(平成16年冬号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  影                    浪 宏友

駅には大きな電車が止まっていて
小さな影が佇んでいる
乗車するのか
見送るのか
或いはただそこに立っているだけなのか
薄暗いホームに淡いシルエット

さようならの声が響いているわけではない
誰かの影を追い求めているわけではない
小さな駅舎
細長いホーム
鳴り続ける発車ベル
ぼんやり佇む灰色の影は
掻き消えるときを待っているのか

ベルが鳴り止み
ドアが閉まり
車体がゆっくり動きはじめる
遠ざかる小さな灯の後に
深い闇が現われる
影はなく
駅舎もなく
ホームも消えて

深まっていく夜のとばりに
見えぬ別れが立ち込めて
小糠雨が微かな風に舞っている

  種まき                  中原道代

おはよう
こんにちは
ありがとう
ごめんなさい

昨日も今日も母は幼子に教えている
やさしい眼差しで教えている
きっと明日もあさっても教え続けるだろう
ひとつできると頭を撫でて
子供はその手のぬくもりを忘れない

小さな心に尊い種を蒔こう
ひとつひとつていねいに蒔いていこう

時々流す貴女の涙が土をうるおし
深く深くしみ渡っていく
いつの日か必ず芽が出ることを信じている
小さな芽は子供がその手で育てていく
愛の光をいっぱい浴びて
いつの日か素晴らしい花を咲かせるだろう

私もプランターにチューリップの球根を植えた
雪解けの頃 きっと暖かな日を浴びて
春の色で満ち満ちている

  季節のつぶやき              佐藤恭子

こつこつと
白い杖つく
あの人も
春風だけは
見えるだろうか

雨止んで
春の陽射しの
その中を
いくバスの窓
光る雫よ

火曜日の
朝のゴミ出し
気をつけて
黒いやつらが
空から狙う

いつからか
煙が好きに
なったのに
世は禁煙の
風潮の中