詩誌「詩人散歩」(平成17年春号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  鼓動                   浪 宏友

ぼくは きみの 耳もとで
ぼくのありったけをこめて ささやく

きみは目覚めて
しあわせな微笑みを ぼくにかえす

真っ白な静けさの底
きみの鼓動と ぼくの鼓動が
ひとつの鼓動に溶け合ってゆく

きみと ぼくとの かすかなひとときは
巨きな空虚に つつみ込まれて
限りない闇に 息づいている

やがて夜明けが
さくら色の光を注ぎはじめ
きみと ぼくとを 広い世界に救い出すとき

ひとつに溶けた きみとぼくの鼓動が
どこまでも静かに
どこまでも遠くに

  七輪                   中原道代

夕方の勝手口
七輪の火が赤々と燃えている
遊び帰りの小さな手をかざす
かじかんだ手がほぐれていく
鍋がかけられ 夕げの仕度が始まる
台所に活気がみなぎってきた
七輪の残り火で餅を焼き 豆を煎る
春にはふき味噌の焼ける
香ばしい臭いが漂った
七輪の火は毎日燃えていた
何かのお役に立ちたい
いつも思っている ささやかだけど確かな願い
沢山 沢山 お役に立って
いつか みんな 土に帰っていく
私も
あのなつかしい七輪も

  季節のつぶやき              佐藤恭子

笑う人
笑われる人も
笑う人
笑う門には
福来たるかな

一本の
煙草を吸って
つぶすのは
若い時間を
もてあますため

潮騒を
遠くに聞いて
バスが行き
今年の夏も
終わり近づく

初恋の
思いつらぬく
冬ソナの
主人公にも
我はなれず

  夢の中                  山本恵子

眠っていたら誰かささやく
顔を見ると亡母だった
きれいな着物姿で私にも
着物きなさいという

目がさめたら三時どうして
夢にでてきたのお正月に
着物姿だ墓参してほしいとか

病気ばかりして不幸かけてごめんなさい
健康で働いているから着物きて
墓参するから安心してね

  夕日の浜辺                 山本恵子

秀叔父二十二歳の若さで
開戦間もなく南海で戦死
「行ってきます。」出船のあいさつ
「もう帰って来なくていいよ」幼い私
今になって「叔父さんごめんね」
日の丸の小旗で見送った幼かった記憶
祖母は時折り「秀やい」と何度も呼んでいた
特に夕日の沈む浜辺は印象的だった
がまん強く気丈な祖母 人知れず泣いていた
祖母のつらさに胸痛む私