詩誌「詩人散歩」(平成12年冬号)
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 ぬかるみ               浪 宏友
恋する日々に破れ果てて
静かに立ち去る後ろには
燃え上がり燃え堕ちた熱い心の化石

昨日よりは今日
今日よりは明日
明日のその先はどこまでも暗く

更けつつあるのか
明けつつあるのか
天空に星はひたすら光る

過ぎ去った時をさぐり
未だ来ぬ時を求め
足もとはぬかるみ重く

それでも生き続ける
涙まみれのこころ

 彷徨い                浪 宏友
見上げれば はるかな道のり
振り返れば 一瞬のとき

澄みきった夢に
いつしか刻み込まれた数々の念

彗星のように 惑星のように
走り行く人 ためらう人

華やかに咲いた愛も
木陰に消えた恋も

胸の奥に残る小さなとげはそのままに
めぐりくる涼風に身をさらして
見も知らぬ森の道を
彷徨い歩く

 立ち去った後             浪 宏友
もう 二度と 会うことはないだろう
ぼくの後ろ姿が見えなくなったら
青空をみて
それから歩きだしておくれ
きみの新しい世界に向かって

たった一度の出会いだったけれど
鈍感なぼくにも夢が少し漂っていた
そんな君だから不幸にしないうちに
見えないところへ立ち去ってしまいたい

もう これっきり 会うことはないだろう
無表情なぼくのことなど早く忘れて
思いっきり 大空へ 伸びをしておくれ
世界中がきみのものになるときを
ぼくは 遠くから信じているよ

 永遠の別れー祖母の死ー          小田嶋紀江
祖母がこの世から姿を消した
紫色の唇が“死”を現していた
立派な姿であった
綺麗な超然とした表情であった
今の今まで呼吸していたのに もう天上人
“ありがとう”も“さようなら”も言えぬまま
祖父のところへ逝ってしまった
遺されたたくさんの8ミリビデオと写真
元気だった祖母が笑いかける
涙があふれて止まらない
あなたの愛で育てられた私
八月十七日
曾孫の誕生日を選んだのは偶然だろうか
夏生まれの祖母は
好きだった夏の花に囲まれて煙となった
あなたの全てを覚えておきたい
形見の服を着て今日も私は日常に紛れる
祖母よ! ありがとう
あなたがいたから 私がいる
その流れに感謝している

 生と死のはざまで          小田嶋紀江
薬をたくさん隠し持っている
“いざ”という時の為に
深夜 手首にカッターをあてる
真一文字の赤い線が引かれ うっすらと血が流れてくる
ためらい傷は何本もある
いつぞやの縫った傷は白く浮き上がっている
ビルの屋上にいつも登ってみる
下を見降ろす
“死”と“生”は隣り合わせ
「死ぬのが怖いから死にたくなる」
「生を感じる為に死にたくなる」
矛盾の風の中で それでも今生きている
眠ってしまい一生目覚めなかったら幸福だろうか?
 ー自問自答ー
無常の時の流れを生き続けている
いつか “死”は訪れるであろう
それまで何とか“生”を全うしたい
生の中に死をみつけるように
そんな風に今を生きている