詩誌「詩人散歩」(平成17年冬号)
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  残り香                  浪 宏友

枯れ野に咲いていた名もなき花が
胸の奥の一輪挿しに
今も
香りを漂わせている

うたかたの日々
叫んでいる人がいた
息たえだえの人がいた
油だらけの手の甲で
涙をぬぐっている人がいた

うごめく影に巻き込まれながら
いそがしく生きてきたけれど
胸に漂う花の香りが
静かなときを待ちわびていた

訪れぬ日々
沈黙している風景
立ち尽くしている孤独な影

すべてが忘れ去られたとき
世界は新しく生まれかわり
活き活きとした声が響きはじめる

もう見ることのない花の残り香が
ほのかに息づこうとして
がらんどうの空に
どこまでも染みわたろうとして

  秋                    中原道代

真っ青な空に
真っ赤なもみじが美しい
赤い柿も似合っている
ケイトウ サルビア ワレモコウ
暖かな色が街中に満ち溢れている
冷たくなった風 澄んだ空気
秋の中に私が溶け込んでいく
ゆっくり廻る季節の中で
今日もまた一日のいとなみが始まる
淡々とただひたすらに家事をする
足ばやに帰って来る人を待っている
玄関を開けたあなたの顔がほっとしている
重なり合った真心が波紋となって
世間に響き渡っていく
夜 にわかに降り出した雨が
柿を濡らし もみじを濡らし
秋がどんどん深まっていく

  若き日の友と合い想う           中原章予

  一

二年ぶりの友
三十年ぶりと言う友
若い時に別れ それぞれに
自分の人生を生き 生かされ
皆七十を越えたと言う
自分の八十路をも忘れて
皆若々しく過ごした二日間
共に新しい誕生を見守って
或る時は笑顔 或る時は涙
そんな日々の中 共に過ごした
皆若かった二十歳の頃と
変わりなく喜々として話し合い
時を忘れて話し合い
互いに過ぎし六十年
なんとすばらしき人生
二年後の逢瀬を誓いつつ
別れるときは皆センチ
笑いながら 涙 涙
お互いの健康を念じつつ
車窓に手をふる
共に過ごした二日間
真心より感謝
ありがとうございました

  二

友と別れて子供・孫に逢い
最後の夜を一人
高層ビルのホテル
一人静かに夜景をながめ
十年前迄通った新宿駅前通り
こんな時間にも
やはり生きている 動いている
気分が若返る
老若男女 皆それなりに
やはり生かされ生きている
自分の目的に向かって
そして 私も

  弟の見舞                 山本恵子

    一

弟よ暑くなって身体の具合どうかしら
点滴 流動食の管つけて見るも哀れなこの姿
思わず胸がしめつけられ
頭の手術三度目か

それでも精一杯手を握り力を込めて離さない
言葉不自由な分 懸命に訴え目と目を合わす
姉さんきたからいつもと違う今日の元気とか弟の妻が言う

帰りしな又もや強く手を握り帰らないでと首を振る
又泳いでくるからとようやくなだめて病室をでた
来るのはいいが帰りが辛くなる
いつもの事ながら泣かされてしまう

    二

帰島 早く電話したら 程なく退院したという
姉さんに会えて元気が出て退院にこぎつけた
電話口の本人に声聞かせてやってと弟の妻

「退院できてよかったね がんばらないとだめだよ」
「ウンウン」
「その内又会いにいくから元気だしてね」
「ウンウン」
精一杯応答してた

病人も看病人も同じ苦労と聞かされる
看病人の負担を軽減したやりたいと前に一泊したように
陸続きであればと思う事しばしば

  季節のつぶやき              佐藤恭子

四つ足の
テーブルならば
足ひとつ
欠けてもだめね
だからあなたも

若い頃
みんなはいいと
言うけれど
あんな思いは
もうしたくない

昨日とは
違う香りで
乗る電車
季節変わりを
ふりまく私

あわれかな
スリッパの下
ゴキブリよ
今 はたかれて
ペシャンコになる