詩誌「詩人散歩」(平成21年春号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  闇                     浪 宏友

痩せ衰えた老人 ひとり
右脚を引きずり 前に出し 地面に置く
左脚を引きずり 前に出し 地面に置く
僅かずつ 僅かずつ
進んでいるように見える

朦朧たる老人の奥に
一人の若者が歩いている
地面をけって走っている
黒髪をなびかせて 少女があとから追いかける

ふたりはいつしか地面を離れ
白雲の浮かぶ空に舞い
遮るものとてない大空に遊ぶ

若者のはずむ声
少女のこたえる声
限りない広がりに
笑い声が谺する

襤褸をまとった老人 ひとり
右脚を引きずり 前に出し 地面に置く
左脚を引きずり 前に出し 地面に置く
僅かずつ 僅かずつ
闇のなかを
歩いているように見える

  さざんか                  中原道代

薄化粧の雪の中
今年も咲いた さざんかの花

鳥の影も見当たらず
風花静かに舞っている

敷地の隅の枯木の中で
今年も咲いたさざんかの花

学校帰りの女の子
毎日さざんか眺めてる

足元落ちてたひと枝を
そっと私に手渡した
ああ 一輪の赤 暖かい

さざんかの花
大寒の朝も咲いていた
まわりに花びら散りばめて

  はぜの実                   織田信雄

南京はぜの実の白い
淡い陽ざしのふる道は
冬に向う一方通行の道だ

青い空を背景に
南京はぜの細い梢から
ぶら下がっている白い実は

今年の夏に見た
花火の記憶のようだ
人びとの歓声をうけて夜空に散っていった
はなやかな一瞬を

今は閑散とした通りにあって
ただ冬に向う寒さのなかで
じっと耐えている枝の先端に
無数の白い実がぶら下がっている

空は青い
白い実をライトアップするように
たとえその背後に夜空があるとしても
夏は遠くにすぎてしまったのだ

陽ざしは
夏のにぎわいを知っている
公園の片隅のベンチを 独りでそっと暖めている
はかないものへの賛歌のように

幾度もめぐりきては去っていった夏
いつもふかぶかと青い 空が広がっている
砂浜はやけつくように熱く
波うちぎわに押し寄せる波は絶えず
大勢の人が居て
すべてがいきいきと躍動していた

あの夏の夜の花火に凝縮されたものを
今、青空の下で冬を迎えようとしている
はぜの実は伝えようとしているのではないだろうか
いのちそのものの姿を

  夏畑                     山本恵子

残暑故虫が一面
手も足も延ばすところない
野菜もあわれ姿なり

あなたのおかげで仕事終り
早く家路へ帰ること
身も心もつかれはてた

早く食事しますよね
おつかれさま おふろ入って
虫のよごれとほこりで忍びなさ