詩誌「詩人散歩」(平成21年秋号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  点 景                   浪 宏友

ふと 顔を上げたら
きみの瞳とぶつかりました

まぶしくって
しばらく戸惑ってしまいましたが
きみもちょっぴり困ってしまっているようでした

「きれいだよ」
「ありがと」

ぼくときみの間には
ぼくたちにしか見えない光が満ちて
いたずらなエンゼルたちが飛び回っていました

焼けつく夏のある日の午後
宝石のように輝く時間が
涼風となって吹きすぎていきます

それからどれくらい過ぎたのでしょうか
ぼくたちは
光の中を歩いていました

「きれいだよ」
「ありがと」

見交わした微笑みと微笑みが
淡い花びらとなって舞い始めたころ

ぼくたちは
真っ白な地平で
点景になっていたように思います

  刺しゅうと私                中原道代

一針一針 糸を刺す
一目一目 糸を刺す
 白い教会
 茅ぶきの屋根
 垣根の草
 花盛りのりんご
遠い国の風景が見えてくる
 足元の小川
 続く小道
針の足は止まらない
美しい風景は果てしなく広がって
私の自由な世界になる
夜はすべての色を消し
朝の光で蘇る

遠くで教会の鐘が鳴っている

   カレンダー                 織田信雄

一枚のカレンダーが壁に貼ってある
美しい風景のない 人の笑顔のない 目を奪う花のない
爽やかな風のにおいもない 木枯らしの気配もない
縦横に並んだ数字ばかりの一年
月火水木金土日

あくまで判りやすくという
平日は緑の、土日祝日は赤の数字が
現代人へのささやかな心くばり
その数字のひとつひとつは待っているのだろうか
炙り出し文字で書かれる悲喜劇を

今は七月、旧暦で文月という
渓谷にこんこんと湧く泉に辿りつく
名前の由来があったのだが、今は
静かに希薄になりつづける星空に
周回する宇宙ステーションがある

今年が2009年だと最上部に
大きく示された薄っぺらな一枚の紙
その重さを決めるのは人でしかない
この紙の七十枚か八十枚で
人の一生は束ねられるけれど

けれど日々、
人は喜んだり、悲しんだり、ビールで憂さを忘れたり
カレンダーを カレンダーを持ってきたスーパーの
チラシほどにも見なくなったが
眼の奥に焼きついた月火水木金土日

  海                      山本恵子

墓参りして海岸へ
あたり一面霧につつまれ
人影もないふりかえって
波打ちぎわに 海草の花

画にかいて見たい美くしさ
さんばしにあがって海見る
魚が一匹もいないあれくるった
あくる朝 無理もないさま

  国境の花                   大戸恭子

貧しい国と豊かな国の間に
花が咲いた
花は豊かな国の方を向いた
貧しい国には見向きもせず
まして太陽には笑顔で
ささやいているおまえ

きっといつか豊かな国に
その身までささげて
散っていくんだね

花も豊かさには勝てないのさ

太陽は今日も暖かく
そんな花を見つめてる