詩誌「詩人散歩」(平成22年春号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  あの日                   浪 宏友

あの日のぼくはそうだったのかもしれない
声がして 振り返ったら 笑顔がはずんでいて
そのままつれ立って歩きだして
どこを どう歩いたのか 分からないけれど
いつしか 虹の中に 溶けてしまった気がする

あの日の虹はまだ消えていないのに
はずんだ笑顔はもうどこにも見えない
いまごろ どこを どこに向って歩いているのか
ぼくをひとりぼっちに取り残しておいて

息せき切って話を煌めかせる大きな瞳
揺れる前髪が夢を織り上げていた
ぼくの中では あの日のままの
まばゆいばかりのかがやきが
宝石のように息づいているけれど

虹の下ではぐれてしまってから
もうろうとさまよっているうちに
見知らぬ街角に立っていた
いまは ここで こうしているけれど
ほんとうは どこに行くべきだったのだろう

  初雪                    中原道代

夜明け前の静けさの中に
雪をかぶった一本の木
雪明かりに照らされて
真白い枝々が天に伸びている
片隅のこの小さな木
春は風に若葉が揺れ
夏は緑の木陰をつくり
秋は木枯らしに身を任せた
私はいつもその息吹をきいていた
今 冬の美しい姿になって立っている
乳色の空の向こうから
強い光が差し込んで
あの 白い枝々が千手になった

    階段                  大場 惑
   

階段をのぼりつめれば
また階段がでてくる
また階段をのぼりつめれば
またまた階段がでてくる
またまた階段をのぼりつめれば
またまたまた階段がでてくる

これまでに
どれだけの階段をのぼりつめたか
おわりの階段はあるのか
おわりの階段はいつおわるのか

けれどもこの階段をのぼらなければ
おわりの階段があったとしても
いきつくことができない

  望むもの                  伊藤一路

何が欲しいか言ってみな
   考えていたって手に入らないよ
何がしたいか言ってみな
   そこから夢が始まるよ

何が悪いか言ってみな
   言わなきゃ自分は進めない

  厄年                     山本ルイ子

先日、厄払いに行ってきました。
気持がスッキリしました。
けれど、三十代は厄だらけ
そして、三十代は今まで育てた苗に
どれだけ実ができるか大事な時。

  日々、前進!

  いちご                    山本恵子

今年初めて 主人が買ってくれた
いちご植 ハッポ箱に植えかえて
大きくなって 実がついて

カヤかけすんで安心したら
赤く大きいつかぬまに
アリに食べられごめんね

  鉛筆                     山本恵子

久しぶり 鉛筆手にとり
昼食後 貴方が病院から
帰って ホッとしたひとりぼっち

夕方まで 安心して眠ってね
夜のメニュー きまっているの
あまり進まぬ 何日 鉛筆

  蓮の花                    大戸恭子

泥沼から 花芽を出す花よ
凛として咲く花よ
その花の名は蓮
泥の中でしか育たない花
けれど、あだ花はなく
花のうてなには今日も仏が宿る
沼をわたる風が
時おり花をくすぐるから
花は可愛く笑うのだ
そしてこう言う
「妙法蓮華 私の様に生きなさい。

   夫婦喧嘩                  織田信雄

自我にしがみつく
けっして自我は捨てられない
だから互いにいがみ合う

負けるもんかと意地になる
意地悪を言う
心にもないことまで言う

声が次第に大きくなる
本当の自分が見えなくなっている
いやいや それが本当の自分なのか自分にあきれる
それでも言い出したことは
曲げるのがいやだ

中途半端な終わり方はいやだ
悪魔がささやく
相手をノックアウトするまで
行ってしまえ

何故かそうならないうちに終わる
そして 霜のような
静かな時間が降りてくる
自分の足元がおぼろに見えてくる

互いのことを真剣に考える
何が悪かったのか
この先どうすれば良いのか

心の隅にささった
抜くに抜けない小さな棘を見る