詩誌「詩人散歩」(平成22年夏号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  寒い朝                   浪 宏友

その夜は心が蒸し暑かった
ひねくれた嵐が吹き荒れた後の
よじれためまいがいつまでも残っていたから
少しのものおとにも引き裂かれて
心がぐっしょり汗ばんでいた

ひとりうずくまる乾いた部屋
窓から漏れ入る街灯の明かりの中で
身じろぎもできずに土塊と化した
ひよわな魂をあざ笑うように
ガラス戸を叩くのは嵐の吹き残りか

夜のしじまが息をひそめ
古びたにおいが揺れている
泣きじゃくる声は だまし絵か
はるかな嵐の雄叫びなのか
いつしか眠りこけたかすかな寝息か

ふと促されて立ち上がり
けだるく開いた窓の外には
普通の風景を従えて
寒い朝が立ち尽くしていた

  ヒメオドリコソウ              中原道代

カメラ片手に春さがし
土手に広がるヒメオドリコソウ
川原の風に震えてる
ファインダーを覗き見る
薄赤い葉の中に
小さなピンクの花・花・花
笠をかぶって踊ってる
蜜蜂達も仲間入り
タンポポ一りん主役にさせて
肩を並べて春ですょー
私も花に誘われて
土の温もり春ですねー

まだ雪解けぬ根子岳が
はるか遠くに霞んでる

  晴れ                    伊藤一路

晴天の日は理屈抜きで
    気持ちがワクワクする

曇りの日は不安の種を
    無駄に探したくなる

雨の日は普段やらないような
    事をし始める

嵐の日は守られている事に気付き
    日常に幸せを感じる

次の休みは晴れるだろう
息子と何処へ行こうかな

  大切な仕事                  山本ルイ子

病気を治してくれるお医者さん
虫歯を治してくれる歯医者さん
困った時は弁護士さん

そして私は美容師
髪をきれいにする仕事

みんな誰かの役に立つ仕事

どんなに辛くても
どんなに失敗しても諦めてはいけない
だって神様がくれた仕事だから……
みんな大切な仕事だから……

  母の思い出                  山本恵子

ぬいものする母の手傳
針に糸をとおすこと
長い糸を作るとしかられ

糸がからむと布にまくり
大きくなったら してはだめ
私は子供何回通すのいや
母の言葉がみにしみる今

時間があると古着とき
色々と作ることたのしく
母の言葉がみにしみる

  父の思い出                  山本恵子

幼い頃 私の家は墓地近く
お母さん おばあさん方
水くみにきて墓に通う
道をきれいに庭も竹ボウキ

私の仕事は早くからゴミ整理
学校に通う前の仕事で
雨降らない時の毎日で
お母さん おばあ 水はいつもきれい
ほめられると楽しくって
自分父母に近い年となり
元気で働けることの幸を
かみしめる今頃です

  あなた                    大戸恭子

海の底
誰かに聴かせたくて ギターを弾いてる人
皆に聴いてもらいたい
たった一人の恋人に聴いてもらいたい
僕はここに居るよ
いつでも居るわけじゃないけど
波のよすまま 流れに乗って来ました。
なんだか おかしな人 おかしな曲
私は笑いながら
遠くから彼を見つめてた。

   新緑                    織田信雄

四月の初めに
こころを白く染めた桜の並木は
今はもう緑が眩しいほどである

淡いピンクの小さな欠片は
空から降るもののように
こころから毀れて
わずかずつ わずかずつ
それぞれの宇宙に帰っていった

母の手の温かさが
霞む海原を臨んで浜辺に立つ
小さな者のこころを包んでいた
僻村の小学校での四月

小さな町中での四月
地方都市の雑踏での四月
大都会の電車の中での四月
いくつもの いくつもの
異なる思いが桜を散らしていった

しかし宇宙は無限に広い
冬を耐え秋を惜しみ夏に恋し春を想い
それぞれの一瞬に為すすべもなく
野辺に散ってゆくものたち

そして同じ地表に四月はめぐりきて
けじめをつけるように桜は散り
眩しく 眩しい 新緑が今
季節や人の先頭に発っている