詩誌「詩人散歩」(平成22年秋号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  閃 光                   浪 宏友

閃光が あなたを 浮き上がらせてくれた
すぐに 闇

夢だったのだろうか
あの 影は
本当にあなただったのだろうか
しかし 私の心のフィルムには
あまりにもあざやかに あなたのすがたが焼きついている

現だったとしても
私には あなたを見つけるあてがない
あなたが立っていた場所が
どちらの方向だったのかさえ
私には すでに 定かでない

再び閃光が闇を切り裂いて
あなたのすがたを見せてくれる そのときを
私は待つしかないのだろうか

遠い雷鳴が遠ざかる
立ち去るあなたの足音の 谺だったとしたら
あなたはとうに
私の手の届かないところに行ってしまっている

それでも ぼくは
ただ 立ち尽くすほか 何もできない

  言霊                    中原道代

私は遠い記憶を辿っている
彼女は病室の隅に静かに正座していた
あいさつすると「そうね」
具合を聴くと「そうね」
いつもやさしく「そうね」が返ってきた
覚えているただひとつの言葉
「そうね」

今 言霊となって
私の柔らかな場所を震わせる
貴女の「そうね」に近づきたい
やさしい眼差し 微笑む口元
一針(ひとはり)に沸き立つ思い吹き込んで
ひたすら糸を刺していく
観音様のお顔が
はっきりと浮き上がった

  二人の間                   大戸恭子

深緑の中、
2台の自転車は
風をきって近くのスーパーへ急ぐ
駐輪場は、いっぱい。
しかたなく離れて自転車をとめる

袋をいっぱいにして
駐輪場へ行くと
二人の自転車の間には
何もなかった
もう二人の間を邪魔するものは
何もない
「くすっ。」と微笑み合うと
また、風をきって2台の自転車を
走らせた。

   湯に浸かって                織田信雄

風呂の湯に足が見える
十本の指が健在である
砂利道やアスファルト
半世紀を歩いてきた足
どう称えればよいのか

十本の指先に父母の顔が見える
泣き顔や笑い顔
そして怒ったような顔が見える
夏の暑い日に 額の汗を拭き
冬の寒風に 凍える手に息を吹きかけ
何と答えればいいのか

十本の指先のさらに先に見える
闇市や炊き出しや
黒い砲身 空襲警報
荷馬車や人力車やちょんまげ頭
数えきれない 人 人 人
それら一切合切を受け継いできた
足がある
湯船にゆったりして

何と応えればいいのか

あなた、まだなの
現実の冷ややかな刃が
時を遮断する