詩誌「詩人散歩」(平成24年冬号)

yuyake
◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  残り香                        浪 宏友

きみが旅立っていくのを
ぼくは遠くから見ていた

人々と語り合うきみの笑顔が眩しくて
目を 空に 向けたら
真っ白な雲が 佇んでいた

もう 会えないね
きみには届かない声で
ぼくは ひっそり つぶやいた

きみの顔が
ちょっぴり こちらに 向いたように見えたけれど
それっきり
きみは 晴れやかに遠ざかっていった

きみの姿が小さくなり
やがて見えなくなったその後から
ぼくは きみが立っていたあたりにおずおずと近寄って
きみの香りをさがしていた

  珍客                    中原道代

小春日和の午後
大かまきり発見
ベランダのはしごをゆっくり降りて来た
私を感じて静止する
冬支度の手を休め
三角顔とにらめっこ
長い足にえんび服
「かっこ いい!」
絵本の中の王子様
しばらく私を楽しませ
はしごを伝って姿を消した
おしゃべり好きなヒヨドリ達も
南の方へ旅立った
あたりは濃い秋に染まっていく
さみしくなったベランダに
次のお客は誰だろう

  春の兆し                     丸山全友

妻の押す車椅子で退院をする
膝の軟骨がすり減っている妻は
時々立ち止まっては膝をさする
「無理をするな」
自分で車輪を回して
自動車まで行こうとすると
「心配いらんわ」
妻はなおも早足で押し始める
立春は過ぎていても
駐車場は春とは名のみの風の冷たさ
また病名が一つ増えて
もう春は来ることないのかと嘆く夫
春は来ていやないのと笑う妻
流れる雲に
車椅子に乗る夫と
足を引きずりながら押す
妻との影が一つに重なる

  人と言葉                   織田信雄

原っぱに言葉が蠢いている
一本足のその怪物には
気をつけなくてはいけない

近くを通る時
その怪物はあなたを名づけるだろう
当然のごとく
耳を傾けるなら
それは 一本足の思うつぼ

その怪物は人が造ったものなのに
その中身はがらんどうなのに
派手な服装をしている
人はその名づけの魔力に弱いのだ
すぐ暗示にかかる

いっしょに平和に暮らすことのできる
日本人と中国人やアメリカ人が
領土という名をめぐって争いをする
何のため
そうさ「平和のためさ」ってね
地球人であることを忘れて

名のない平和が
いつの間にか忘れさられて
平和という言葉のために
領土を争う
みずからが
地球から生まれたことを忘れて

名目の言葉が一人歩きして
歴史がどうの
面子がどうの
日本人は狭量だ
アメリカ人は野蛮だ
中国人は低俗だとか

みんな枝葉末節へむかう
いつの間にか 本題から遠ざかって
領土という言葉にとらわれて
勝ち負けという感情にとらわれて
本当は
どうでも良いと思っているくせに

そして平和と名づけられた言葉のために
多くの人が亡くなっていった
そして平和と名づけられた言葉のために
多くの悲しみが築きあげられた

私たちは言葉を使う
その言葉が着ている服装に
また着せた服装に
踊らされる不幸もある
名目に踊らされる不幸もある

今の世界は言葉でつくられているから
一歩足の暗示に絡めとられない
真実を知る
自分を知る
人間が言葉にためされている

   畠                     山本恵子

寒さ厳しく 冷と風強く
買物車手で引き通る大道に
椿の花が首を出しピンク色して
心いやされ主人の顔を思い浮べ

涙流れて西風に後押されて
畠に通う道 小鳥さえずり声の道
元気もらって歩いてる 心安らぐ大路に

木の葉も草もかれはてて
近づく畠に心引かれて我畠
ミカンなりしと喜んでお世話に
なった方々にお礼させてもらう心の
うれしさに 我 家につきし早お礼

   ふと思うこと               山本ルイ子

素直になれない
たまに自分って小さい人間だと思うことがある
なにげなくドライヤーで髪を乾かしていたらそんなことを思ってしまった
もっと自分にゆとりが持てたらイライラすることも減るのではないかとおもう
日々追われながら生活しているとなかなかゆとりがもてない
人にも当たってしまう 勿論、自分にも
人間とは本来、小動物なのだろうか?

   また一年                 山本ルイ子

大好きな秋
なのに、寒さが弱くなってきた
大好きな秋
なのに、食欲は増しても体重は減らない

空は青く、いわし雲・うろこ雲が気持ちよさそうに流れている
木の葉も赤や黄色に色づいて、街もにぎやかに
多くの人も、コートやマフラーで一層おしゃれを
楽しんでいる
大好きな季節

これから秋が来るたびに「大好きな秋…なのに」と
思ってしまうかもしれない
けれど、今この一瞬は一期一会
また一年、大事にしよう

  船                      伊藤一路

僕が乗って来たとても大きく立派な船は
どんな悪天候にも屈する事無く目的地を目指してただひたすらに邁進してきた
その船は今まで沢山の素晴らしい物を運んで来た
もう随分長く旅をして来たせいかあちこち傷んでいるが
一番大切な部分は健在だ
その部分がある限りその船は大きく存在する
今は港で皆を見ている
次の目的地が決まるまで

  家族                     大戸恭子

きっと、その色は黒
静かで、穏やかで、冷静な聖域
家族がその色をいつも見ている
迷う時は何もない様なその聖域に
静かに心をとばすのさ。
他人には見えない静かな世界
しっかりとした法則が響いている
法律でも、道徳でも、理性でも、良心でも、
自分が裁けない時は、
その聖域に、静かに心をとばしている

そして、さっぱりとして、また、生きている