詩誌「詩人散歩」(平成29年秋号)

yuyake

◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  お帰り                        浪 宏友

その人影は
ふらついていた
疲れ果てていた
こちらに向かって歩いていた

見覚えのある影だった
ずっと むかし
見たことのある影だった

きみだった
憔悴しきったきみの影だった
虚ろなまなざしは
ぼくを見てはいなかった
けれども
ぼくのほうへ 歩いてきた
おぼつかない足をひきずりながら
ぼくのほうへ 歩いてきた

 あのときのきみは 輝いていた
 きらめく瞳で ぼくを一瞥すると
 きびすを返して
 きみは
 輝く闇へ 消えていった

そのきみが 帰ってきた
ぼくは 君の正面に立った
きみに向かって 両手を広げた
お帰りっ!
ぼくは 思いっきり 声をかけた

きみはようやく顔を上げ
ぼくに目を向け
枯れ枝のような両手を差し出し
やせこけた体をぼくにあずけた

冷え切ったきみを抱き止めて
ぼくの全身が 思いっきり 叫んだ

お帰りっ!

  虫の声                   中原道代

朝 ベランダの外に出た
あたりはまだ静まりかえっている
緑のカーテンから朝顔が顔を出している
よし! と 自分に気合を入れた その時
虫を発見 壁をゆっくりと登って行く
白黒のまだら模様がきれい
私の手が もう 虫をつかまえた
指先で虫が鳴いた かすかに鳴いた
音のない空間に その声がはっきり響いた
ごめんねと言いながら びんにいれて調べたら
カミキリムシの仲間だった
幼な子がやって来て しばらく虫をながめてた
さあ にがしてあげよう
ふたを開けたらパッと飛び去った
子供は目を丸くして大はしゃぎ
私の体がほぐれた
からっぽのびんがぽつんと残った
あの虫は 今 どうしているだろう
虫と私 いっ時の出会い
小さいけれど はっきりした声を
思い出している

   破 壊                   大場  惑

見よ 廃墟と化した街路を
窓は飛び 壁は崩れ 鉄筋は折れ曲がり
道路はめくれ  瓦礫が散乱する

いのちのぬくもりは
最後のひとしずくまで枯れ果てた
発掘された古代都市でさえ
これほどまでに干からびてはいない

戦闘服姿の人影が 自動小銃を携えて
ものかげから ものかげへ
さらに破壊するものを求めて歩く

    もっとも壊れているのは
戦闘服の中の荒廃した心
心の奥に蠢く粉々な空虚

  美しいもの                  伊藤一路

世の中は美しいもので溢れている
美しいものはなぜ美しいのか
それは自然が教えてくれた

自然界に存在する全てのものが役割を持ち
それぞれがその役割を全うしている
役割を果たすために
効率的に機能的に優れていて
無駄なものを排除し必要なものだけを
環境に合わせて進化させていく
それらはとても美しい
とても単純で純粋な事だから美しい

人もきっとそうだろう
役割を全うするために進化した人は
齢を重ねてどんどん美しくなっていく
そうありたい