詩誌「詩人散歩」(令和03年夏号)

yuyake

◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  朝                浪 宏友
トントン トントン
トントン トントン
台所から聞こえてくるあのリズムは
思いやりを秘めた温かな語り掛け
あの語り掛けの向こうにきらめく光は
ぼくたちを照らし
ぼくたちに微笑む

ジュージュー ジュージュー
ジュージュー ジュージュー
台所から聞こえてくるあのざわめきは
親しみをこめた明るいおしゃべり
あのおしゃべりの向こうに立ち上がる景色は
ぼくたちを振り返り
ぼくたちをいざなう

ガチャガチャ ガチャガチャ
ガチャガチャ ガチャガチャ
台所から聞こえてくるあの賑わいは
たくさんの希望がさんざめく笑い声
あの笑い声の向こうに開けてくる地平は
ぼくたちが夢みる
ぼくたちの未来

  包丁の神さま           中原道代

うららかな日
鼻歌まじりで
里芋の皮をむいていた
あっ! 手がすべった ほっと胸をなでおろす
耳元で娘たちの声がよみがえる
手を切ってあわてる私に
決まってかけたあのことば
「ほうちょうのかみさまにおねがいした?」
心配そうに見上げる子供らの
あどけない顔を思い出している

かまどがあったお勝手で
母が教えてくれた
包丁の神さま

あらためて
包丁の神さまにおじぎして
ていねいに皮をむいていく
白い里芋たちが
お鍋の中で光っていた

  覚悟               伊藤一路

覚悟とは執着がない事
覚悟とは見通せる事
覚悟とは正確な情報を持っている事
覚悟とは信念がある事
覚悟とは明確な目標がある事
覚悟とは守るものがある事

迷いのない人は覚悟がある
覚悟とは観念や諦めとは違う

  パンデミック           大場 惑

パンデミック

七十七億の人間たちが
小さな宿無したちの住み家に選ばれて
迷惑千万 御免被る
振り払い 追い払い 逃げ惑い

そんなことはお構いなし
宿無したちだって死に物狂い
飛び回り 走りまわり しがみつき
ここであったが百年目

パンデミック

何処だっていいんだよ
居させてくれるところなら
誰だっていいんだよ
宿になってくれさえすれば

増えて 増えて 増えて
増えるところがなくなるまで
増えまくって
そこから先は分からない

パンデミック

宿無したちの宿にならないために
防いで 防いで 防いで
宿無したちがおとなしくなるまで
耐えて 耐えて 耐えて

やがて 何事もなかったように
静かな毎日が訪れたとき
無数の宿無したちもまた
どこかで 静かに 時を待つ

パンデミック