詩誌「詩人散歩」(令和05年夏号)

yuyake

◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  その人               浪 宏友

その人は 人の波から現れて
明るい笑顔で 通り過ぎる
それだけなのに
太陽のように輝いていて
私には まぶしかった

その人は その店で
忙しげに 立ち働いている
それだけなのに
小鳥のようにリズミカルで
私には さわやかだった

その人は 振り返りもせずに
駅のある方へと 人の波にまぎれる
それだけなのに
沈みゆく夕日のように
私には ものがなしかった

その人は
  いつのまにか いなくなっていた
それだけなのに
町の通りを眺めると
私には なつかしさがこみあげてくる

  衣替え               中原道代

縁側に暖かな日ざしが降りそそいでいた
「毛糸のパンツ脱いでいい?」と聞いてみる
母は縫物の手を止めて
「まだ ダメ!」と厳しい顔をする

季節がおちついた穏やかな日
待ちに待った衣替え
母がたんすから出してくれた
半袖ブラウスとスカートになって
幼いわたしは
開け放たれた戸口から
喜び勇んで駆け出した
母の顔も笑っていた

今 晴れ渡る空を見上げて
「そろそろ いいですかー?」と尋ねたら
母は何と答えるだろう

  小さな路地にも春が           中原道代

今年も福寿草が咲いた
朝 カーテンを開けるたび
一輪 また 一輪と
小さな かわいい花畑
朝の日ざしでキラキラしている
マンションのこんな小さな路地にも春が来た

福寿草がふわふわの葉になった頃
春さざんかの蕾が大きくなった
「さざんかひとつ咲いたよ!」と
カメラ抱えてとび出して行く彼
私もその背中を追いかけた

春さざんかの花たちは
お日様見たさに
大きく開いて重い頭を持ち上げた
風吹くたびに
花びらが舞いおちる
さらさらと舞いおちる
木の下は
真っ赤なじゅうたんになっていく

  信念                伊藤一路

今もなお継続中の子育て信念

一、子育てに感情は要らぬ
  理性と愛情があればよし
二、子供は黙っていても真っ直ぐ育つ
  大人が曲げさえしなければ
三、こんな大人になって欲しいと
  願う大人に自分がなる

   大人の私利私欲や自分本位の感情に
子供はとても敏感だ
都合の良い事を並べても見抜かれている
損得勘定のない純粋な心の持ち主に
誤魔化しは絶対に通用しない
大人は子供を曲げちゃいけない
大人も真っ直ぐに戻っていかないと

  枯葉のごとく            大場 惑

人影はある
人はいない
うごめく影の群れのなかに
我一人 立ち尽くす

声はする
言葉は無い
喧騒の轟く闇の底に
我一人 沈黙する

人ごみに揉まれ
人ごみに小突かれ
人ごみに運ばれ
我一人 枯葉のごとく