詩誌「詩人散歩」(令和06年春号)

yuyake

◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  夢のひと              浪 宏友

王子は目を覚ました
むっくりと起き上がった
このひとだ
このひとを探さなければ
それは 今しがた 夢に現れた女性であった

王子は 王宮を探した
居なかった
王子は 町中を探した
居なかった
王子は 国中を探した
居なかった
王子は思った
世界中を探そう

王子は旅に出た
濁流渦巻く大河を乗り切った
険しく聳える山岳を越えた
果てしなく広がる海を渡った
道なき密林に分け入った
オオカミが吠える草原を歩いた
灼熱の砂漠に迷い込んだ
そして 王子は 力尽きた

王子は 目を覚ました
むっくりと 起き上がった
「目が覚めたかい」
ぶっきらぼうな女の声がした
粗末な身なりだった
夢のひとではなかった
向こうでは
節くれだった老人が 煙草を燻らせていた

王子は恢復した
旅には出なかった
やがて 子が生まれ
今朝も
老人と 畑に出かける

  笑顔                中原道代

駅の地下でエレベーターを待っていた
ドアが開くと
小さな園児たちがぞろぞろと降りてきた
どの顔もみんな笑っている
にぎやかなおしゃべりが止まらない
お外で思いきり楽しんできたんだね
ひとりの女の子と目があった
うれしくてたまらないという顔で
何かしきりに話しかけてくる
かわいい笑顔 いい笑顔
ほんの一瞬の心のふれあい
子供たちの声が遠のいていく
エレベーターが動き出す
ゆっくり上がって行く箱の中で
私はあの笑顔をじっとかみしめた

新幹線のホームには
冷たい雪が舞っていた
さっきのあの笑顔が
いつまでも私を暖めつづけている

  動く時               伊藤一路

人が動く時 それは楽しい事をする時
人が動く時 それはお腹が空いた時
人が動く時 それは恐怖を感じた時
人が動く時 それは自分を変えたい時
人が動く時 それは大切な人を思う時
人が動く時 それは未来の自分に必要を感じた時

自分を大切に思うから人は動く
人から愛されているから自分を大切にできる
そして人を大切にできる

子供たちが自分を大切にできるように
感情ではなくたくさんの愛情を注ぎ続けたい