「詩集紹介」       浪 宏友著
◆◆◆詩人「浪 宏友」の詩集のご紹介です。◆◆◆

 浪 宏友詩集 「恋はどしゃぶり」 −序 詩−

ずぶぬれになって歩いた
たったひとりで歩いた
小さな人家の影もなく
遠くにちらつく灯りもなく
叩きつける雨の中
どちらに向かっているのかすら分からないまま
ただ 歩いた

いつのまにか となりを歩いているひとがいた
立ち止まりたくなる脚を叱りつけ
見知らぬパートナーに遅れまいと
遅れたら もう おしまいだと
呼吸をはずませ 目を見開き
何もかも振り捨てて
ただ 歩いた

転んだ拍子にパートナーの手を掴んだ
そのまま互いに励ましあって
横なぐりの雨の中
むかしからずっとふたりずれだったと
これからもずっとふたりずれだと
目の前の暗がりに
ただ 歩いた
    (1992年)

 浪 宏友詩集 「恋の涼風」 −序 詩−

お花畑に寝っころがるといい香りがするな
背高草の向こうに青空があって
真っ白な雲がこんもり浮かんでいる
太陽が隠れるとひんやりするな
太陽が現れるときは金色にまぶしい

お花畑に寝っころがっているときみがかたわらに座る
甘酸っぱい香りがぼくにただよう
青空を隠して笑顔がぼくを覗き込んでいる
背高草も太陽もなくなって
お花畑に薔薇色の霞がたちこめた

お花畑に目を覚ますと君がかたわらに眠っている
白い耳たぶに小さなハチがまつわりついて飛び去っていった
背高草に囲まれて青空の下にぼくたちがいる
太陽が真上に輝いているね
    (1992年)

 浪 宏友詩集 「真夜中の恋」 −序 詩−

今夜は静かだね
とおい都会が輝いている
喧騒もここまでは届かない
地上の光に覆われて星は姿を現さない
うっとうしい気配が地表に漂っている
小高い丘は闇に閉ざされて
ぼくたちを静かに隔離してくれる

今夜は静かだね
寄り添って ふたりして 夜明けまで
    (1990年)

 浪 宏友詩集 「恋の舞」 −序 詩−

ぼくはうずくまっていた
うずくまったままで考えていた
考えることはなにもなかった
ただ 明瞭な暗闇ばかりがぼくであり
ぼくが形をとってあるわけではなく
ぼくがいないわけでもなかった

無数の時刻がぼくをスライスした
ミクロンよりも薄く輪切りにされたぼくが
素早くめくり剥がされる
セコンドが轟く
白い肌と 嬌声と 鼻をつく甘酸っぱい匂い
女の媚態が立ち上がっては滅び散る
うずくまっているぼくは 依然としてぼく
空虚な闇に頑固に居座っているぼくがいる
    (1988年)

 浪 宏友詩集 「恋の波頭」 −序 詩−

彼方から吹き寄せる風に促されて
離れ近づき 近づき離れ
波のうねりにもまれるうちに
握りあっていたあったかい手
うねりの表にさざなみとなって
うねりの奥に渦となって
きらめき隠れ 隠れきらめき
永遠のときを踊っていた
気付けばいまや波の頂き
遥かな向こうまで見わたせる高み
握りあう手と手が離れることはないけれど
昇り詰めたからには あとは 一気に落ちるだけ
たがいの姿を見失っても
声も立てず 捜しもせず
波頭とともに砕け散る
握り合う手と手は決して離れないけれど
    (1987年)

 浪 宏友詩集 「夕闇の恋人」 

    (一)

青空がとぶ

雲が光る
太陽が踊りながら横切ってゆく

広い原野を
走る人影 ふたつ

    (二)

足音が夜にこだまして
星にこだまして
ひとつずつ星がはじけて散った

ふたりは
裏通りを 歩いた

    (三)

恋が生まれ
虹のように生まれ
恋が育ち
夕暮れの影法師のように育ち
恋が花咲き
飛沫のように花咲き
恋が実り
夜のように実り
恋が駅馬車のように通りすぎた

ぼくの旅路は
杖にくくりつけた風呂敷包みの中の
美しい煙たちとともに
    (1980年)