短歌 櫛田令子(光蛍) |
「縁」 現世にちぎり合せし老夫ありぬ共に戦火を生きたる吾と
この特養に永らへて八十は八十の歴史有りゆめ現にぞ傘寿迎えぬ
今日晴れて老夫訪はむか乙女心は悲しきまでに
老夫訪へば心安かるこの朝の八十姥の女心は
命の限りを詠ひつくさむ云うべき事の詠に込めたる苦もなく楽もなければ
朝昼夜の衣食足りし生活に慣れて今朝病友も起きざる卓の上にペン紙有り
一と日一と日の命確めつつ生きる命の細き身も八十の坂は
朝かなる夜明けと共に起き出でてまずは経誦み挽歌と思ふ詠を綴らむ
拙歌なれども誰をか読まむ読む人のなくとも良しと思ひつつも
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千の風 山口ハル子 |
貧しくて花嫁姿もなしと聞く黄泉路へ旅立つ母に紅さす
訪れる人もなき午後の一時を軒打つ雨の音一人聞く
墓辺より見ゆる尾鈴の今朝は雪山を愛せし亡き子を想ふ
千の風今日も吹きてか亡き吾子の母を恋うのか涙とまらず
ひたすらに貧しく戦後生きてきて背に泣きし子等よ一人は逝きぬ
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