短歌 櫛田令子(光蛍) |
梅雨空に映えし緑の息吹立つ初夏の朝なり 小糠雨降るか降らずやふれてやさしきぬれそぼりけり 小雨降るいと静かなり病友未だ覚めず独りの吾は朝の経読む ◇ まどろめば父の顔あり母の顔の我が父母は我より若し 初夏の風は穂をゆさぶりぬ黄金色せし麦穂美しき この特養に小さき畠ありなすきゅうりかぼちゃ食堂のカーテン越しに日日育ちゆく見ゆ ◇ 夫や息に逢時の話もなけれど逢へば楽しき梅雨の晴間の 夏のパジャマと半袖ブラウス夫が買いくれし今日早速にそれを着む 十余年の独居に夫のぬくもり忘れしも着る衣毎にネーム書きくれてあり ◇ 湯上りの裸に吹く風の心地良ければ少しまどろみうたた寝ねけり 神田川畔の桜並木は陽に輝きて小枝ゆるがすいいさ風立ちたり 舌の渇きおぼゆる湯上りに麦茶の味のこよなくうまし ◇ 吾が夫は九十七才恙なく老いていませり十有余年の別居の生活淋しとも云はず 夫と子が訪ひくれし喜びに空しさもあり人には死と云う別れありしを ◇ 夜の帳の明けむとする床に射す陽のいささかまぶし 神田川畔の桜大樹の深緑に天地自然の大きさのあり
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