短歌 櫛田令子(光蛍) |
◇秋深みゆく 老人の二人見しかば十五夜の月もさだめし嬉しからまし ベランダで見る望月に涼風と共に心に清しく今宵吹く風の 吾と月とふたつながらに仰げる月に心に足りぬは老夫の遠く住まひし ◇鈴の音 伏床に聞こゆ鈴の音いとさわやけく覚めぬれば老夫の顔あり 生き死には時の鐘なり独り覚めれば家路恋いしき 夫子等が住みます家に帰る無く老いを悲しむ朝明けかな ◇秋 夫よりの便り繰返し読む日健やかなるを離れ住みて思おゆ 人にはそれぞれの苦あるらし静かに聞ける吾にありたし 心定め語るべき友もなければ老夫と離れ住む心作らむとする ◇入浴 入浴後の一服の茶にひろごれるくつろぐ思ひにうたた寝にせり 晴れし陽の下朝風呂に入りて清しつめたき茶の味うましうまし 秋冷の秋の涼風いささ寒し風につつまれ特養の朝は静かなり ◇今日の出来事 今朝晴れて心ゆくまで詩読みぬ今の幸せ金玉の時の永かれ 命永かれ落陽に祈るこの日の夕雲輝きいたり この特養に春夏秋冬移りゆく様を伏床に見えて時を楽しみけり ◇詩を読めば 万葉を心して読めば心ひろがる心地して今日も三首の万葉に学ばむ 晴れし陽の午後の陽ざしに覚めてあらば然らに文字書きて過す明日の日のため 今生きてあらば云いたき事を文字に託す心安らぎ明日の励みになるらむ ◇親しみ 親しめは助け来れる友のいて吾が語り部になりて来らしも 自らが楽しめば友多くあり年々に歳とりし間に友を求むる 外に出て神田川畔を歩みたき車椅子の身一つの嘆き
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