詩誌「詩人散歩」(平成14年冬号)
◆これまでの【エッセイ】を掲載しています。

  バス車中にて                        大場 惑


 毎日見ている顔であるが、知らない人である。会話どころか挨拶すらしない。そういう人びとが、この車中だけでも何人もいる。
 そういえば、アパートに一人住まいの私は、隣の人の顔さえ知らない。家族構成も分からない。向こうも私のことなど何も知らないだろう。
 新宿の雑踏を歩いていると、時に深い孤独感を感じる。都会には、そういうところがある。

  夏休みの思い出                       山口ハル子


 遠き日に夏休みになると父さんはカ セットを自転車につみ近くのお寺に朝はいそぐ。子供達に声をかけてラジオ体操をするのである。来た子供達には○をつけ夏休最後の日には自分の小使の中から御苦労でしたとノート鉛筆などそろえてハイハイと一人一人ニコニコとやるのである。一枚の写真が残っているがどこの子供さんかもうわからない。
 今年も夏休みも終り蝉の声も静かにきこえる。朝は家の前に出てお早よう気をつけてねと父さんの声が今も聞こえる。子供が好きであった。家には一人の子に孫がなく父さんは淋しいのであろうと思っていた。
 朝夕は秋風が偲びやかに吹いて来た。暑かった夏もどうにかバテもせずに過した。浄土の道も秋風が吹くようになりましたか、お父さん。