詩誌「詩人散歩」(平成16年春号)
◆これまでの【エッセイ】を掲載しています。

  母性?                             大場 惑

 母性とは母親が子供を守り育てようとする本能的な愛情だと言うけれど、本当にそんな愛情があるのか。世の母親たちは、自分の都合に合わないと、しつけという名のもとに、平気で子供を痛めつけているのではないか。怒鳴りつけたり、殴ったり、無視したり。

 そんなことを口にしたらそんな母親は一部だけだよとたしなめてくれた友人がいる。一応、その言葉を信じておこう。

 ところで、子供を産んだから母親になったのではない、子供を育てながら母親になるのだと言ったのは、だれだったっけ。

  遠い日の事を思いて                       山口ハル子


 十年十一月二十日七時頃県病院からの電話でタクシーをとばした。部屋にはいるなり父さんと大きな声で呼びかけた。先生がだれですかねと言われた。

 「家内のハル子です」

 ホオーと先生の声。顔を見ないで声だけでわかってくれた父さん。思わず涙がこぼれた。

 腸の手術をしてから頭の方が忘れっぽくなり、十あるものは九まできていますとのことでデイケアーに行っていたのだが、座でころび足を折り救急車で宮崎県立病院へ入院したのである。朝八時から四時まで家政婦さんをたのみ、私もひざかんせつの治療をしながら県病院へ通った。

 ほころぶ顔は何よりだった。夕方は嫁が会社から帰りによって六時の夕食をすませて帰るのである。よく気をつけて有難いと感謝していた。

 イルミネーションがきらきらする中に家へ帰るバスを待ちながら、父さんをおいて帰る身は寒さにふるへながら、顔は涙でくしゃくしゃになりながら、だれも居ない家に帰りぼそぼそとごはんを食べた。病院に行けば父さんの顔はやわらかに、家族に逢うことは最高にうれしいのだろう。五十三年、山あり谷ありの人生をさゝえあいながら過ごした歳月あらためて父さんありがとうと言う。

 正月は子等夫婦とお墓に行きお酒を上げた。美味しかったですか。黄泉の国の旅は長いです。ゆっくりと思い出をたどりながら旅をつゞけて下さい。