詩誌「詩人散歩」(平成22年春号)

yuyake
◆これまでの【エッセイ】を掲載しています。

  待ちぼうけ                        倉本佳代子


 私が十歳台の頃、近所に三味線の名手のお婆さんが居らっしゃいました。その方は気の向いた時弾 き始めるのでしょう、夜中の二時、三時迄素晴らしい音色を寝静まった夜中の街に響き渡らしていま した。人々はその音色で心地良い眠りにつく人、じっと耳をかたむける人、人様々(ひとさまざま) だったと思いますが、此の家に何人か学生が下宿していて、その中の一人はアコーディオンを熱心に 練習していましたが、その割には上達しないのです。一夏帰省もせず暑い東京の一部屋で一日中の練 習は並大抵な努力ではありません。それでも一曲が上がらないのです。お婆さんは合奏したくて上手 になるのを楽しみに待っているのに、いつ迄経っても一曲が弾けません。とうとう夏休みは終ってし まいました。待ちぼうけを食ったお婆さんが可愛想ですね。