[ビジネス縁起観からのメッセージ]        浪 宏友


 人は、他人や世間が、自分に都合よく動いてくれることを期待します。この期待を持ち続けているうちに、すでに期待が実現しているような錯覚に陥ることがあります。このため、他人や世間が自分に都合よく動くのが当たり前だと思うようになっていくようです。
 そんな勘違い、思い違いがさまざまなトラブルを生んでいるのを、あちらにもこちらにも見ることができます。

 人は、自分のしたことは正しいと思う傾向があるようです。結果が出て、自分が間違っていたことが分かっても、決して自分が間違っていたと認めようとはしません。よくわからない理屈をこねて、あくまでも自分のしたことは正しいと言い張る姿に接することも稀ではありません。

 人は、自分が誰よりも優れていると思いたいようです。他人よりも優れているところが、たったひとつあるからといって、これを振りかざして他人を見下す姿を目にすることがあります。

 逆に、他人が自分よりも優れているところには触れようとせず、無視したりします。
 自分よりすぐれている他人が腹立たしくて、暴力的な圧力をかける姿に接したこともあります。
 自分が他人よりもすぐれているところを見せるために、さまざまな手を使います。
 他人の欠点や失敗を吹聴して、自分はあいつよりもすぐれていると印象づけようとします。

 他人のしたことを上から目線であれこれ批評しては、自分は何でも知っているんだという素振りで偉ぶります。

 ものごとが起きると「そうなると思った」と、あたかも最初から予測していたようなことを言って得意がります。

 ものごとがうまくいくと自分の手柄だと言い張り、うまくいかないと他人のせいだなどと主張する姿も、珍しくありません。

 人は、自分が劣っていることを威張ることがあります。何か聞かれても分からないときには「そんなこと、俺が知っているわけがないだろう!」と威張ります。
 しなければならないことが出来ないと「俺にやらせる方が間違っている!」などと怒鳴ります。そして、いつまでもぶつくさぶつくさ怒り続けています。

 あれこれ数え上げてきましたが、他人事ではありません。私自身もやった覚えのあることばかりです。冷や汗をかきながらの反省の弁だとお受け取りください。(浪)
☆「詩人散歩」平成30年春号に掲載