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長屋に戻った大工の吉五郎は、当惑しました。ふところに入っているはずの財布が無いのです。やっと工面した3両の大金です。失くしたでは済まされません。通った道を、何度も探しましたが、見つかりません。 「えーいっ、俺も江戸っ子だ、ここはすっぱりあきらめよう」 そう思い切って、ひと眠りし、ようやく気持ちが落ち着きました。 そろそろ夕刻です。飯の仕度でもするかと起き上がったところへ 「吉五郎って奴はいるか」 と、騒々しい声が聞こえてきました。 「吉五郎さんの家はそこだよ」 と、長屋のおかみさんの声がすると、ガラッと戸を開けて入ってきたやつがいます。 「おう、吉五郎ってのは、おめえか」 「俺が吉五郎だ。なんか用か」 「おう、おめえの財布、拾ってきてやった、受け取れ」 言いながら、そいつは、財布を投げてよこし、出て行こうとしました。 「待ちやがれ」 吉五郎はかっとして、男を呼び止めました。 「なんでえ、俺は忙しいんだ」 「この金は、おめえが拾ったんだから、おめえのものだ。持って帰れ」 吉五郎は、3両を男に投げ返しました。 「何を、この野郎、持って帰るぐらいなら最初から届けやしねえ。ふざけるな」 と、また、3両が投げ返されました。 こうして、言い合っているところに、長屋の大家が駆けつけてきました。 どうにも騒ぎが収まらないので、大家は、お奉行の大岡越前守さまに、決めていただこうと提案し、金太郎−−−財布を届けに来た男は、左官の金太郎でした−−−も、吉五郎も納得し、その場は収まりました。 奉行所から、改めて呼び出しがあり、大家に付き添われた吉五郎がお白州に入りますと、そこには、やはり大家に付き添われた金太郎が座っていました。 大岡越前守さまが、一同に声をかけました。 「吉五郎、せっかく、金太郎が届けてくれた3両、お前も訳があって工面したのであろう、素直に受け取ったらどうだ」 「折角ですが、お奉行さま、こちとらのふところを嫌って逃げてった金です。こっちとは縁が切れてるんでございます」 「金太郎、そういうことなら、持ち主のない金だ、自分のものにしたらどうだ」 「お奉行さま、持ち主が分かっている金を、自分のふところになんか入れられません」 大岡越前守さまは、大家にも問いかけましたが、同じような問答の繰り返しになります。これでは埒があきません。 「それでは、どこにも行き場が無くなってしまったこの3両は、奉行が預かるほかはないが、それでもいいか」 そう問いかけられて、一同は、よろしゅうございますとお答えしました。 お奉行さまは、申されました。 「お前たちの綺麗な心に、ほとほと、感じ入った。奉行から褒美を取らせたい。ここに私の小遣いから1両を加えて4両にする。これを、2両ずつ下げ渡したいが、受け取ってくれるか」 白州の4人は、一瞬戸惑いましたが、お奉行さまの心遣いが分かって恐れ入り、お礼を申し上げました。 2両を受け取った吉五郎が言いました。 「それじゃあ、お奉行さまは、1両、丸損じゃございませんか」 すると、お奉行さまが言いました。 「だが、吉五郎、そなたは、届けてくれた金を受け取らなかったために、1両、損をしておる。金太郎、そなたも、もらっておかなかったために、1両、損をしておる。私も、そなたたちの訴えがあったために、1両、損をした。これは、三方一両損じゃな」 と、お笑いになられました。(浪) |