詩誌「詩人散歩」(令和07年春号)

yuyake

◆これまでの【詩編】を掲載しています。

  百日紅               浪 宏友

若者は急いだ
胸騒ぎがするのだ
約束の日には間に合う
だが すでに遅れてしまったような
激しい焦りが足を急がせるのだ

あの日
国王の親書を遠国の王に届けるために国を発った
野をすぎ 山をこえ 谷をわたり 小さな村に入ったとき
女の泣き声を耳にした
泣き声から逃げるように走り去る村人たちとすれ違った
泣き声をたどると大きな沼が見えた
その淵に着飾った娘が泣き伏していた
聞けば龍神の生贄にされるのだという
若者は誓った
「私が龍神を倒す」

沼から
  巨大な龍神が姿を現した
若者は剣をふるった
死をかけた戦いが延々と続いた
止めを刺された龍神が沼に沈んだ
若者と娘は思いきり抱きあい未来を誓った
百日後を約束して若者は旅立った

若者は急いだ
百日目であった
若者を村人が悲しげに迎えてくれた
案内された若者は
静かに眼を閉じる娘をみた
最後まで若者を呼び続けていたという

かたわらに
あのとき咲き始めていた美しい花が
最後の花を咲かせていた

  元日                中原道代

月のはじめの日は
おついたちと言って大切な日
泣いたり怒ったりしてはいけないよ
小さい頃 よく 母が言っていた
そのことばがいつも私の中で生きている

今日は 年のはじめの元日
仏様の前に
みんなでかしこまって勢ぞろい
「あけましておめでとうございます」
お年玉を頂いた子供たち
大きな声で「ありがとう」
にぎやかなおしゃべりと笑い声
年のはじめのおだやかな日

  皆友達               伊藤一路

子供の頃父によく言われた事
「漢字を覚える暇があるなら友達を作りなさい」
「とにかく友達を大切にしなさい」
お陰様で今でも友達は多い
友達は肥やしでお互いが肥やし
無くても育つだろうけどヒョロヒョロかも
こんなに長く付き合っていられるのは
皆一人の人間として尊敬しているから
それぞれの得意と特徴を生かして皆生きている
比べるものでもないし勝ち負けでもない

子供に対しても接し方は同じ
一人の人間として尊敬し尊重する
驕りも見栄も尊大も虚栄もなく接する
友達にしない事
友達に言わない事は
子供にも他人にもしちゃいけない
子供に対して一人の人間として接すれば
一人の人間として向き合ってくれる

友達として平等に全ての人と接したら
とても平和な世界が出来上がる

  あいつとおれ(遠い階層)      大場 惑

おれは 汚れた男だった
あいつは 汚れた女だった
アメリカ兵がうろうろする汚れた町で
ゴキブリみたいに生きていた
踏み潰されるのを待っているような毎日だった

  おれは ゴミみたいなチンピラだった
あいつは 売れないパンパンだった
いつ どこで出会ったのか もう忘れた
互いにたかりあい 互いにおごりあい
二人して 汚れた裏通りを這いまわった

足を洗いたくなった
犬小屋みたいな部屋にもぐりこんだ
あいつも おれも ニコヨンをやった
代用食を喰らって 安酒を飲って
二人して 枯れ草のように眠った

あれから世の中もすっかり変わった
あいつも おれも 老いぼれた
いろいろなことがあったがみんな忘れた
無一物だが 食っていけてる
あいつも おれも けっこうしぶとい